2011年08月24日 17:36 公開

女性に多い失声症、"ヒステリー"の一症状

ある日突然しゃべれなくなる

 発声器官に異常はない。脳に障害があるわけでもない。それでも話したいのにしゃべれなくなる。そんな場合は、過去に受けた心の傷が原因かもしれない。失声症は女性に多く、他の身体症状に伴って現れることもある。「精神科、心療内科で適切な治療を受けてください」と京都大学大学院人間・環境学研究科の新宮一成教授(精神医学)は話す。

少しはしゃべれるケースも

 症状は、完全に声が出なくなるものから少しは喋れるものまでさまざま。発症するのはほとんどが女性で、思春期や更年期など心身両面で不安定な時期に多い。新宮教授は、他の精神疾患の治療中に患者が失声に陥るケースを多く診てきた。

 「突然問診に答えられなくなり、目が泳いだ状態になる人、失声の後、興奮状態になる人、話せなくなったと思いきや急に小説を読むかのように話し出す、『夢幻様状態』と結びついている人など多様です」(新宮教授)

失声症は『ハイジ』のクララと同タイプ

 発声器官や脳に異常がない失声は、ヒステリーの一症状と考えられる。ヒステリーとは、精神医学では"想い出せないほどにつらい過去の経験の記憶が意識障害や体の痛み・機能不全として現れる病気"を指す。

 ヒステリーという言葉は、最近では正式には使われないが、現象そのものがなくなったわけではなく、今でも次のような2つのタイプとして現れるという。1つは多重人格や解離性健忘など、症状が意識に現れる解離タイプ。もう1つは不安で胸がドキドキする心臓神経症、尿が出にくくなったり頻尿になったりする膀胱(ぼうこう)神経症、立てなくなったり歩けなくなったりする失立失歩、食事が喉を通らなくなる摂食障害、さらにはそこにあるものが見えなくなる視覚障害など、症状が体に転換されるタイプだ。

 アニメ『アルプスの少女ハイジ』を例にとれば、ハイジは夢中遊行(夢遊病、関連記事)で解離タイプ、クララは失立失歩となり転換タイプといえる。失声症は、症状が発声機能に現れる転換タイプのヒステリーだ。

"思い出せないほどにつらい過去の経験の記憶"が原因

 ヒステリーの原因である"思い出せないほどにつらい過去の経験の記憶"は患者によって異なる。しかし、そこまでのつらい記憶を生む背景には共通のものがあり「誰も自分の生まれるところを見ることはできない」という事実だという。

 「自らの生存の始まりが記憶の中から失われていることは、誰にとっても無意識のうちに心の傷になっていると考えられます。昔は、神様が自分の誕生の瞬間を見守ってくれていたと考える人が多かったのですが、近代社会ではそういう人はほとんどいません。そのため、誰もが"自分の存在の始まりはどんなものであったか"という難問に向き合いながら生きなければならなくなりました」(新宮教授)

 この難問に対しては、誰もが苦労して対処しながら日常生活を送っている。しかし、その答えの難しさに加えて、現在の生活の難しさがさらにのしかかることで、失声症などのヒステリーが現れてしまう場合があるのだという。

拒否しながら他人を受け入れる

 ヒステリーが特定の人に発症し、さらには、発声に障害が出る理由は、患者が置かれている状況や過去にどんな生活を送ってきたのかを分析しないと分からないという。しかし、ヒステリー患者には"拒否をしながら、他人を受け入れる"という共通の特徴があると分かっており、この他人への態度を作り出すために障害が出たと考えられる場合がある。

 「失声症の患者さんは、しゃべらないことで他人に『しゃべってほしい』という要求を出させます。しかし、その要求を拒否します。こうして他人の願望を満たされないままにしておくことで、引き続き他人を自分に関わらせようとすることが、ヒステリーの患者さんにとって"他人を受け入れる"ということです」(新宮教授)

 ヒステリーの精神分析治療では、分析家は患者にどんな話をしていたときに声が出なくなったのか、過去の出来事や現在の環境を尋ね、患者自身が自分の無意識を探っていけるように導いていく。すると、分析の初期段階では、患者が自分の症状は親との関係に由来するのではないかと思い至ることがある。しかし、ヒステリーの場合、原因を他者に求める考え方へのとらわれが症状を固定化させていることが多いため、ここで分析家は、果たしてそれは正しいのかと考えてもらう。

 さらに分析を進め、患者の他者に対する態度に変化が起これば、自分なりに"存在の始まり"について答えることの難しさと重要性を再発見して、症状が消えていくという。

 声の出ない人との対話は困難を伴うが、カウンセラーによっては描画や箱庭を使うなどの工夫を凝らす。また、症状はしばしば良くなったり元に戻ったりする場合もあるため、良くなった間に生まれる対話のチャンスを利用することもある。抗不安薬や少量の抗精神病薬による薬物療法も時には有効だという。

 「もし失声以外にも、その他の身体症状や、離人症などの解離症状、さらには何らかの意識障害が現れる場合は、失声は単なる一症状であってヒステリーよりも重度の病気が潜んでいる可能性もあります。また、学校など特定の場面のみで声を出さない"場面緘黙(かんもく)"という別の病気もあり、これらとの鑑別が重要ですので、精神科、心療内科を受診してください」と新宮教授は話している。

(宮下 直紀)

※2013年11月15日に記事をリニューアルしました。

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