2011年11月25日 10:21 公開

【提言】イレッサ訴訟は適正判決、がん医療崩壊免れた

東札幌病院副院長・化学療法センター長 平山 泰生

<編集部から>
 肺がん治療薬イレッサ(一般名ゲフィチニブ)の副作用における注意喚起をめぐり、十分な措置が講じられたかどうかが争われたイレッサ訴訟。2004年の提訴以来、亡くなった患者3人の遺族計4人が、国とアストラゼネカに対して計7,700万円の損害賠償を求めてきたましたが、東京高裁判決は今月15日、今年3月の東京地裁判決を取り消し、原告側の請求を棄却しました(関連記事)。原告側は「不当判決」と非難している一方、医療界からは被告に落ち度がなかったとする声が相次いでいます。がん薬物療法専門医である東札幌病院の平山泰生副院長に、医療者の視点から今回の高裁判決について論じてもらいました。

賠償した場合のデメリット計り知れない

 先日、肺がん治療薬イレッサの副作用をめぐる訴訟の控訴審判決が東京高裁で行われた。判決は、添付文書における間質性肺炎への注意喚起が不十分だという原告側の請求を棄却し、国とアストラゼネカの逆転勝訴となった。

 わたしはこの判決に胸をなで下ろした。今回のような薬物の副作用への対応に関しては、医療者側に大きな問題がある場合は個々の事例で訴訟が発生するのもやむを得ないが、多数例をまとめて国あるいは製薬会社が救済するのは大きな弊害があると考えているからである。以下にその理由を個条書きにしてみた。

  1. 抗腫瘍薬は重篤な副作用を誘起することがあるのは常識であるにもかかわらず、「抗腫瘍薬の副作用を金銭化できる」という誤った観念を広めかねない。これにより新規の医療訴訟が増す傾向が加速する。したがって、2が誘導される。
  2. メリットの期待できる薬剤でも副作用のリスクが予想される場合、医師は投与を控える傾向となる。あるいは不十分量しか投与しないような萎縮医療となる。副作用で死亡したら訴訟となりうるが、投与量が少ないことを問題とする訴訟はほとんど存在しないからである。これは患者の不利益となる。
  3. 賠償費は薬価に反映される。現在でもがんの画期的新薬は高価であるが、さらに薬価が上昇し、国家の体力を奪う。
  4. ゼロリスクを追求すると新薬の認可がさらに遅れる。投与しなければ副作用はないからである。各種薬剤の日本での臨床試験実施も困難となるかもしれない。いや既に困難である。結果として、国内では国際標準からはるかに遅れたがん薬物療法しか施行できなくなる。

イレッサの屈辱と再興

 さて、イレッサは2002年の発売当初「肺がんに対する夢の新薬」というイメージで登場したが、多くの無効例の中にときどき有効例が出現するため、臨床試験では長らく生存期間延長を証明することができず、わたしなどは「結局消滅してゆく薬剤」ではないかと疑ったこともあった。

 同時期に間質性肺炎が5%に発生し、その半数が死亡することも明らかとなり、「イレッサは薬害あって一益なし」などと評されることもあった。

 2004年に上皮成長因子受容体(EGFR)の遺伝子変異のある症例に限定して投与することにより、数カ月生存期間を延長できることが証明され始めた。これにより有効例があらかじめ判断できるようになり、現在のガイドラインでは手術標本でEGFRの変異が証明できた症例に対する第一選択の薬剤に躍り出ている。

 最近、このEGFRなど薬物の有効性が判別できる「バイオマーカー」が非常に注目されているのも、イレッサでの成功があるからである。

 イレッサの投与対象は進行非小細胞肺がん患者であり、イレッサを投与しなければ数カ月でほとんどの患者は死亡する。イレッサの間質性肺炎により死亡を早めたとしても、それによる患者の生存期間の損失は最大数カ月であるということは強調しておきたい。

がん薬物療法において有害事象は避けられない

 がん薬物療法薬は副作用が付き物である。副作用で死亡することもあり得る。そのことを十分納得していただいてから、薬物療法を行うのである。

 特に、新薬は副作用に関する情報が十分蓄積されていないため、目の前の患者に何が起こっているか、すぐには分からないこともある。現在明らかとなっている知見を基に過去の事例を裁くのは、妥当でない場合が多い。

 しかし、常識的な医師の対応からかけ離れた、以下のような例がもしあったとしたならば、反省する必要がある。重篤な副作用の可能性に全く言及しなかったなど明らかに説明不十分であった例、間質性肺炎の診断にあまりに時間がかかり過ぎた例、その治療として特に理由なくステロイドの投与がなされなかった例などは反省に値するし、極端な場合は患者側から個々の症例ごとに訴訟を起こすことは可能である。このあたりは通常の医療と同じである。

副作用と有害事象は違う

 進行がんはそれ自体が致死的であり、薬物の副作用とがんの影響(感染症、血栓症などを含む)による死亡を区別することは困難である。したがって、上記二者を区別しない「有害事象」という用語が医療現場で用いられ、因果関係の有無が問われない。因果関係が判定困難なため、がん薬物療法においては「薬害からの救済制度」もなじまない。

 有害事象も数百種類あり、それをグレード別に分類する有害事象共通用語基準(CTCAE)は日本臨床腫瘍グループ(JCOG)の公式サイトで閲覧できるが、200ページに至るほどである。有害事象の半数程度はgrade 5(=死亡の可能性があるもの)である。発売当初は添付文書の順番や記載方法が不十分な場合もあるかもしれないが、がん薬物療法を行う医師はあらゆる可能性を念頭に置き、用心しながら投与を行うものなのである。

「説明と同意」の難しさ

 わたしは、がん薬物療法を専門としているが、副作用の適正な説明には困難を感じている。個々の副作用を個別に説明していたら、いくら時間をかけても説明し切れないし、患者としても覚え切れないどころか、苦痛でさえあろう。がんに罹患(りかん)あるいは再発し、精神的に不安定な状態で「薬物療法を受けて何とか良くなろう」とわずかな希望を抱いているのに、脱毛、嘔気に始まり骨髄抑制、肺炎などの各種感染症、心毒性、口腔粘膜障害、皮膚毒性、末梢神経障害、感染症ではない間質性肺炎などなどの副作用を次々と説明されたら、たまったものではない。がんと闘う気が失せるであろう。

 わたしは、高頻度に出現する軽い副作用(脱毛、嘔気、末梢神経障害ほか)に関しては、実際に患者が経験することになるので時間をかけて説明している。一方、極めてまれな致死的副作用に関しては「起こり得る可能性は無数にあり、説明しきれません。最善を尽くしますが、それでもまれに死亡することがあることをご了承ください」とだけ説明し、その詳細は原則として説明していない。もちろん、治療の種類によってそのニュアンスは変える。同種造血幹細胞移植であれば「まれ」ではなく、「20%は死亡します」などの表現になる。イレッサのように特有な副作用を示す場合はもちろん、「間質性肺炎」に関しても言及する。

安心することなく真摯な態度で研さんを積むことが必要

 さて、今回の訴訟の対象となった患者にイレッサを投与開始したときに、どういった説明がなされたかは重要である。医師たるもの、情報不十分ながんの新薬を患者に投与するときに「あまり副作用の心配はありません」などと言ってはならないのである。

 もし、そのような安易な説明がなされたのであれば、深く反省する必要がある。患者の状態が悪化したときに迅速な対応が取れなかったのであれば、がん薬物療法に向いていないかもしれない。訴訟による外圧で変化するのではなく、自律的に反省することが大切である。

 がん薬物療法を担う医師は、副作用を的確に判断し適切な対応を迅速に取ることが求められている。われわれは真摯(しんし)な態度で研さんを積む必要がある。

平山 泰生(ひらやま やすお)

 1989年、札幌医科大学、1993年同第四内科大学院を卒業。旭川赤十字病院血液腫瘍科部長、同感染管理室長などを経て現在東札幌病院副院長、化学療法センター長。研究テーマは造血器腫瘍、感染管理、緩和医療など。日本血液学会(代議員)、感染症専門医、がん薬物療法専門医。

関連トピックス

関連リンク(外部サイト)