清水宏保さんインタビュー(喘息との闘い)(1)

2011年11月28日 10:15 公開

清水宏保さんインタビュー(喘息との闘い)(1)

第1回:子供のころの運動で培った貴重な経験

 日本のスピードスケート界の先駆者として世界の舞台で活躍し、オリンピックの金メダル獲得など数々の実績を誇る清水宏保さん。パワフルなスケーティングと、強靱(きょうじん)な体が印象深い清水さんですが、実は子供のころからぜんそくを患っていました。体が弱かったという子供時代のぜんそくの対処法や、体力作りのため積極的に行っていた運動について聞きました。

――子供の頃はどのようにぜんそくに対処していましたか。

 僕は幼少期にぜんそくと診断されましたが、両親の考えから普段は薬を一切使わずに民間療法と運動療法で乗り切っていました。本当に激しい発作が起きた時は、病院にかつぎ込まれてステロイド薬の点滴を打つなどの処置で症状を抑えていました。そこまでの激しい発作が起こるのはごくまれでしたが、一度風邪をひくとそこから発作につながっていくので、とにかく風邪をひかないようにあらゆる手を尽くして、日々予防に力を注いでいました。

――当時のご自身の治療法についてはどう思いますか。

 当時の薬の中には体に負担の掛かるものもあったので、両親の解釈は正しかったと思います。また、運動療法を治療の軸にしてぜんそくを克服しようとしていたことが、アスリートとしての道につながったという思いはありますね。

 ただ、当時の僕のやり方を、今の子供たちには勧められません。やはり危険ですし、かなりきつかったので今思い出しても切ないほどですから。今はもっと楽に運動能力を上げることができますし。

――自分から積極的に運動していたのですか。

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 運動を始めた当初は苦しくてつらかったです。でも、運動していくうちにだんだん体力がついてきて、生活が楽になっていくことが実感として分かるようになったんです。

 発作が起きると、まず学校に行けないし、寝ることはもちろん、階段を上ることすらできなくて生活がままならない。ぐっすり眠りたい、とにかく普通に生活がしたいという気持ちがすごく強かったので、「つらくても体力を付けなければ、この状態から抜け出せない」と焦るような気持ちもありました。

 僕の場合、運動すると息がゼイゼイして苦しくて動けなくなるので、そうなったら10分ほど座って休む、ということを繰り返していました。常に体の状態を見極めながら自分で調整し、少しずつ体を鍛えていったんです。

 運動で発作が起こりやすくなる「運動誘発ぜんそく」を恐れて、ぜんそくの子供に運動を制限する親御さんが多いようですが、子供のうちから自分の体と向き合うと、得られるものはたくさんあると思います。

 親にとって、子供が発作で苦しむ姿を見るのは確かにつらいでしょう。けれども、ただの発作ではなく、頑張って前進している上での姿ですから、前向きに捉えてあげてほしいですね。運動選手に育てるということでなくても、少しでも快適な生活を送るためにも、適度な運動は欠かせないのではないでしょうか。

 ただし、ノルマを課せられると子供は負担になってしまうので、「1キロメートルを何分掛かってもいいから走ってみよう」というように、その子のペースにあった目標設定を作ってあげることが大事です。僕自身も最初の2週間はそうやってスタートして、そこから徐々に運動強度を上げていきました。

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