解剖!日本史上の絵画
2011年12月08日 15:00 公開

糖尿病を患っていた道長

藤原道長像(藤田美術館蔵)
藤原道長像(藤田美術館蔵)

 平安時代の権力者藤原道長は、その絶頂期に、自分の娘3人を皇后、中宮、妃として宮中に送り込み、「この世をばわが世とぞ思う望月の欠けたることもなしと思えば」という鼻高々の歌を詠んだことで知られる。だが、その道長も50代のはじまりから糖尿病に冒されていた。のどが渇き、たえず水をガブガブ飲んだという。道長の父も伯父も糖尿病にやられていたから、遺伝的なものかもしれない。

 図は「紫式部日記絵詞」から採った道長の全身像だが、ここでは道長は栄養の摂りすぎで肥満が著しい。また宮中の権力闘争に勝つために、ストレスも相当強かったと思われる。糖尿病の家系と肥満、ストレスと過度の飲酒、それに運動不足も加わって糖尿病を発症したのであろう。前述の歌を詠んだ頃には、糖尿病網膜症のため、ほとんど目がみえなかった。

 『少右記』によれば、道長は藤原実資に「なんじの顔がよくみえぬのだ」と訴えていることがこれを裏打ちしている。また、狭心症の発作になんども襲われ、そのたびに僧侶たちが病魔退散の祈祷を行っている。道長は晩年、背中に大きなカルブンケル(おできの一種)ができた。糖尿病では、化膿が起こるときわめて難治となるが、道長もこれがもとで敗血症に陥り、最期はかれの手と多くの菩薩像との間に五彩の糸をむすび、往生をとなえながら死出の旅路に立った。道長61歳のときである。

愛知県心身障害者コロニー こばと学園名誉総長・篠田達明

図:藤原道長像(藤田美術館蔵)

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