解剖!日本史上の絵画
2011年12月08日 15:00 公開

小人症だった犬公方―徳川綱吉

徳川綱吉像
徳川綱吉像

 五代将軍徳川綱吉は、『生類憐れみの令』を発布し、「犬公方」と呼ばれたことで名高い。兄の家綱は将軍家を継ぐべく江戸城内で育てられたが、四男で部屋住みの綱吉は、神田の御用屋敷で母、桂昌院にぴったりと寄り添われて長生きした。父、家光とはめったに会えず、外出もままならぬ屋敷暮らし。閉鎖された環境の中で綱吉が母の愛情過多による母子密着の精神構造をつくりあげていたことは想像に難くない。

 中年すぎて綱吉は母が病気になると、みずからあんまをしたり、食事介助をしたりしているが、これは歴代将軍中、異例の行動だった。

 綱吉には多くのコンプレックスがあったが、その最たるものはからだが小さかったことである。三河大樹寺にある徳川家の位牌は、亡くなった将軍の身長とおなじ高さにつくられており、これによると綱吉の身長は124cmである。父家光は157cm、母桂昌院は147cmなので、当時としてもずばぬけて小さく、あきらかに小人症(低身長症)といえる。

 小人症の原因には内分泌異常、骨系統疾患、栄養不足、愛情遮断性小人症などさまざまなものがあるが、ここにかかげた綱吉の肖像画によれば、おそらくproportional dwarfism(均衡性小人症)だったと思われる。このような低身長ではいかに将軍の席に座ろうとも威厳が足りず、これは綱吉にとって大きなコンプレックスになったのであろう。

愛知県心身障害者コロニー こばと学園名誉総長・篠田達明

図:徳川綱吉像(徳川黎明会蔵)

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