解剖!日本史上の絵画
2011年12月08日 15:00 公開

徳川十三代将軍は痙性麻痺

徳川家定像
徳川家定像

 十三代将軍徳川家定。かれもまた痙性麻痺の症状に悩まされた将軍のひとりである。描かれた肖像画をみると、顔立ちのととのった白皙(はくせき)の貴公子で、やや神経質そうにみえるほか、とりたてた症状は窺えない。

 家定が知的障害をもっていたらしいことは将軍の親戚筋に当たる水戸の徳川斉昭が、『忠成公手禄』という随筆の中で、「大将軍(家定のこと)にては伺いに出候者をうるけく(うるさく)おぼしめし候ゆえ、あいなるたけは伺う候こともあいならず、なにごともおわかりなきゆえなり、異国船などのことは一切おわかりなく候て恐れ入ることのみなり」と記されたことから知られる。

 もっと確実な症状は、幕末、江戸城を訪れたアメリカ公使ハリスの日記の中にある。江戸城表御殿でハリスの伝えるアメリカ大統領のメッセージに対して返事をしようとするが、「みじかい沈黙ののち、じぶんの頭をその左肩をこえて後ろへぐいっと反らしだした。同時に右足を踏みならした。これが、三、四回くり返された」とある。ハリスはこれ以外にとくにコメントをはさんではいないが、それだけにかえって家定の不随意運動の状態を客観的に表現している。

 こうした叙述は徳川家の公文書にはなにも記載されていないが、この数行の記述の中に歴史の真実を読み取る思いがするのは筆者だけではあるまい。

愛知県心身障害者コロニー こばと学園名誉総長・篠田達明

図:徳川家定像(徳川恒孝氏蔵)

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