2012年04月12日 10:36 公開

【提言】原発事故の"本当の健康リスク"とは?

社会保険診療報酬支払基金千葉支部医療顧問 王 伯銘

<編集部から>
 福島第一原子力発電所事故の発生から1年、現在も放射性物質の拡散、放射線による影響が懸念されています。世間ではさまざまな情報が流れていますが、原発事故の実例が少ないことから、確実な説はごくわずかに限られているようです。白血病や悪性リンパ腫などを診療する血液内科専門医の王伯銘氏に、原発事故の"本当の健康リスク"について論じてもらいました。

一部の専門家が混乱を助長

 福島第一原発事故発生後の放射能拡散は、チェルノブイリ事故に比べはるかに少ないものであった(約7~10分の1)。事故後比較的早い段階で、正しい知識を持つ科学者・医師らから白血病、固形がん、奇形、遺伝性疾患などの病気が増加する可能性が極めて少なく、一般市民の日常生活に及ぼす影響も少ないという見解が出された。

 しかし、さまざまな理由でその実態が十分理解されていないため、東日本大震災から1年を過ぎた現在でも放射線に対する過剰反応が続いている。政府が福島原発事故の終息を宣言したにもかかわらず、一部のいわゆる専門家が科学的な根拠もないのに、来る日も来る日も社会不安をあおるような放射能被害情報を発信し続け、必要以上に一般市民を恐怖に陥れている。

 また、放射能被ばく医療の臨床経験のないごく少数の医療関係者が、偽専門家に追随して一見科学的であるかのように見える誤った医学的情報を流している。巧妙な論理のすり替えを行って、過大な放射能被害を結論に導き、恐怖に陥った一般大衆に間違った認識を持たせ、社会混乱を助長している。

不当な批判を恐れ多くの医師らが沈黙

 一般的にいえば余分な放射線は浴びない方がよいのだが、原発事故により一時スパイク的に上昇した放射能が計測されても、日常的に存在する放射能のリスクをそれほど心配する必要はないことについて、正しい放射線医学教育を受けた医療関係者は知っている。彼らは、学会のホームページや講演会などを通じて福島原発事故発生後の放射線被ばくに対して冷静に受け止めるように呼び掛けている。

 しかし、マスコミの不適切な扱い(公平さを欠いた情報を一方的に報道する傾向が強い)も加わり、"御用学者""政府・東電の手先""国民の敵"などのレッテルを張られて非難の対象となっているため、ごく少数の勇気ある専門医が孤軍奮戦しているものの、多くの医師とその組織(医療施設、学会、医師会など)が不当な批判を恐れるあまりに反撃もせず沈黙を守っている。

 昨今、医師たたきの風潮が横行している影響もあり、大多数の医師は冷めた目でこの異常事態を眺めていている。時間がたてば世の中の間違った認識が自然に正されるのだから、トラブルに巻き込まれたくないという思いから際立った行動に出ていない。しかし、医師は患者の健康と利益を最優先に活動することを誓ったヒポクラテスの教えを守る意味でも、そろそろサイレントマジョリティー(物言わぬ多数派)の殻を破り、間違った医療情報を垂れ流しているノイジーマイノリティー(声高な少数派)に反論しなければ、正常な医療活動に支障が出る危険性が出てきた。

放射線規制厳格化で医療崩壊が加速

 食品中の放射性セシウムの基準が甘いという批判に押されて、さほど科学的根拠と検証もなく、厚生労働省は4月1日から従来の基準より5~20倍も厳しい改訂を行った。これで一部のノイジーマイノリティーを沈黙させることができるかもしれないが、国民生活に多大な影響を与える基準を科学的な検証をしないまま簡単に変えてしまうことは、いずれ医療関係の放射能規制に関する基準も安易に変えられることも考えられ、医師の1人として重大な危機感を抱く。

 そもそもわれわれ人類は、毎日さまざまな放射線にさらされている現実を認識しなければならない。わたしたちの体自体に放射能が含まれており、日常生活においてもさまざまな放射線の発生源にさらされている。半分以上は自然界に由来するが、残りは人工的なもので、その80%は医療目的で医師がオーダーするエックス線検査、コンピューター断層撮影(CT)検査である。1回のCT検査(約6ミリシーベルト)で年間に浴びる放射能の規制値(事故収束後の警戒区域の復旧期でも1ミリシーベルトにすべきという強固な意見が出されている)の6倍にもなることをインフォームド・コンセント(医療従事者による説明と患者の同意)の一環として患者に説明したら、検査拒否の患者が続出することも予想される。すでに一部の医師から、このような事例が発生していることを伝えられた。

 そして、今回の食品中放射性セシウム基準改定と同様、医療分野においても放射線規制基準を厳しくする動きが出てくる可能性がある。このような事態になったら、ただでさえ多くの診療上の難題を抱える医療機関の崩壊はますます加速するだろう。医療関係者の迅速かつ真剣な議論を期待したい。

王 伯銘(おう はくめい)

 1975年、千葉大学医学部を卒業。同大学第二内科血液研究室主任、非常勤講師、普照会井上記念病院(千葉県)診療部長、副院長、副理事長などを経て、2012年4月から社会保険診療報酬支払基金千葉支部医療顧問。専門は血液内科で日本内科学会認定医、日本血液学会評議員・専門医。

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