2012年06月06日 11:23 公開

カンガルーケア被害者家族の会と学会が東京で同時に会合

 出生時は正常とされた新生児が、「カンガルーケア」などと称した分娩(ぶんべん)後早期の皮膚接触、十分な経過観察なしの母子同室、個々の子供の栄養状態を考慮しない完全母乳推進の結果、重篤な脳障害を来したのは病院などに責任があるとして昨年、「出産直後のカンガルーケア・完全母乳等により脳障害を受けた新生児を抱える『患者・家族の会』」(関連記事)が結成された。その後、日本産婦人科医会が「カンガルーケアは安全指針を守れない施設で行うべきではない」との見解を示すなど、関連した動きも起きている。同会は6月2日、東京都で会合を開催。授乳に関するガイドを発行する国に対し、十分な安全対策、事故原因の究明を求める提言書を厚生労働省と周産期医療に関わる関係機関に提出する意向を表明した。一方、同じ時間帯、東京都の別の場所では日本母乳哺育(ほいく)学会が勉強会を開催。母乳哺育を推進しながら、カンガルーケアを安全に行うための方策が話し合われた。

「泣き寝入りしている家族は多いのでは」

 「患者・家族の会」では6家族のうち、5家族が病院に対する損害賠償請求を提訴している。1家族は「授乳と離乳の支援ガイド」を発行する厚生労働省に対し、「安全配慮が不十分」として国も相手取った。現在、同様の事例がさらに数件同会に寄せられており、同会は「現在、新生児の脳障害被害が原因不明として泣き寝入りしている家族が多数存在するのではないか」との見方を示した。

 「会の発足後、被害者家族間に起こった事故の背景などを検証していくうちに、病院にはある共通点があることが分かった」と代表の須網香氏。その共通点として、

  1. カンガルーケアや母子同室、完全母乳哺育の開始に当たり、病院側からそれぞれのメリット、デメリットに関する説明はなかった。また、母親の同意も取られていなかった
  2. 開始後、医療スタッフによる観察、機械的モニタリングがされていなかった
  3. 実施中、部屋には母親、新生児の2人だけで放置されていた。カンガルーケア・ガイドラインが一切機能していない状態で事故は起こっていた

―の3点を挙げた。

"3日分の水筒と弁当"は根拠のない俗説

 今回、「患者・家族の会」が提言した主旨は以下のような内容となっている。

  1. 厚労省および関係諸機関は、分娩直後のカンガルーケア(母子早期皮膚接触)の在り方や、母乳が出始めるまでの生後3日間の完全母乳育児の在り方を直ちに改善するように指導すべき。また、この実施に際しては、母子に対する細心の注意を払いつつ、間断なく経過観察をするように指導すべき。
  2. 厚労省および関係諸機関は「新生児は、3日分の水筒と弁当を持って生まれてくる」などと、根拠のない非科学的な俗説を信じて疑わない助産師たちが、新生児に対し、母乳以外の栄養分を与えてはならないとして、完全母乳育児促進運動を展開していることを直ちに改善し、出産直後の新生児の栄養補給について、母乳以外の糖水や人工乳も任意に与えるよう指導すべき。
    〔「患者・家族の会」による2012年6月2日配布の提言書(案)〕

 須網氏らは、母親たちは安全に生みたくて新生児集中治療室(NICU)のある高次医療機関やユニセフ指定の「赤ちゃんにやさしい病院」を選んだのにこうした結果になり、その原因説明も安全管理の改善策も示されない問題を指摘。「事故に遭遇し、私たちの人生は180度変わってしまった。母親や家族が事故の危険性を知っていれば、未然に防げるものもあるかもしれない。国や関係者は事故原因を追究し、予防策を公表してほしい」と述べた。

母乳哺育を推進する医療関係者の見方「事例はケアとは無関係」

 一方、同日同時刻に東京都で開かれた日本母乳哺育学会主催の「カンガルーケア勉強会」では、母乳哺育を推進する医師や助産師がカンガルーケアの意義を再確認しつつ、安全に行うために必要な方策について意見を交わした。「患者・家族の会」が発足したこと、またカンガルーケアによって事故が頻発していると思わせるかのような報道が続いていることを受けて設定された勉強会だ。

 マスコミ報道に対しては、「事故とされるケースをつぶさに見れば、いずれもカンガルーケアとは関係のない状態で起こっている急変だ。カンガルーケアとは、正しくは出生直後から2時間後あるいは初回母乳まで裸の皮膚と皮膚を触れ合わせるように行われるもので、急変をすべてカンガルーケアと結び付けるのは問題がある」(聖隷浜松病院=静岡県=小児科・大木茂部長、ほかフロアから)と批判的な意見が大勢を占めた。

 しかし、実際に分娩施設で実施され、母親に「カンガルーケア」と認識されている行為は、着衣のままの抱っこだったり、出生数時間後から始められていたり、最初から助産師が子供の口を母親の胸にあてがうものだったり、添い寝だったりと中身がばらばらなのが現実だ。カンガルーケアを推進する専門家の間でも、STSやESSC(early skin to skin contactの略)、バースカンガルーケア、早期母子接触など、呼称すら混乱している状況がある。

 この問題について、聖マリア学院大学大学院(福岡県)周産期・母子領域の橋本武夫教授は「本来の行為は授乳支援とは関係なく、母子間のコミュニケーションとして生理学的に行われる抱っこのようなもの。その根拠も含めて用語を整理し直す必要がある」と課題を挙げた。

子供の観察を母親に任せるのは無理

 一方、実際の安全対策をいかに行うかについては、母親による子供の観察は当てにならないとの意見で一致。

 「母親が子供を観察する力は、退院してからは医師をしのぐほどに素晴らしいが、入院中に当てにするのは全く無理」(橋本教授)、「母親は児が死にかけていても気付かないもの。カンガルーケアとは無関係に、全ての母子を注意深く見守り、急変に対応できるシステムを整備すべき」(大木部長)と、医療スタッフによる観察が欠かせないことが強調された。

 具体的な対策については、東北公済病院(宮城県)産婦人科の上原茂樹診療部長が、自院での"ヒヤリ、ハット"事例を踏まえたカンガルーケア実施基準を紹介。「できるだけ助産師が母子に付き添うが、もし一時的に離れる場合には『ナースコールはここですからね』と異常を知らせる手段を確認し、動脈血酸素飽和度(SPO2)モニターを装着する。少しでも異常の徴候がある場合は、カンガルーケアの中止をためらわないことが重要だ。安全や安心は無料ではない。お金が掛かることも指摘しておきたい」と述べた。

 学会では、この勉強会の内容を踏まえ、9月の学術集会でさらにカンガルーケアの安全性について議論を深めるとしている。

(編集部)

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