2012年07月24日 13:22 公開

【寄稿】糖質制限食をめぐる議論の沸騰

北里研究所病院糖尿病センター 山田 悟

編集部から
 「アトキンスダイエット」などの、極端な炭水化物(糖質)を制限してタンパク質を多く取る食事法について警鐘を鳴らすような研究結果が、英国の一流医学誌「BMJ」に報告されました(関連記事)。糖質制限食を取っていた女性で心臓病や脳卒中などが増加したというもので、研究手法を含めて世界的に賛否を呼んでいます。この研究結果がもたらす意義は何なのか―。糖尿病専門医である北里研究所病院糖尿病センターの山田悟センター長に解説してもらいました。なお、山田センター長は「糖質制限食に対して明確にポジティブな意見を持つ人間」と断った上で、「大切なことは盲目的に糖質制限食を過信せず、その限界や安全性についての危惧を十分に検討し、安全に普及させることにある」との立場を示しています。

研究のポイント1:スウェーデン人女性が対象の研究

 本研究は1991~92年にスウェーデン女性生活習慣・健康コホート(集団)からランダムに抽出された30~49歳の女性9万6,000人を対象にした、平均15.7年の観察期間を持つ前向きコホート研究である。

 対象者には生活習慣についてのアンケートへの協力が求められ、4万9,261人が回答していた。このアンケートはかなり詳細であり、食習慣(野菜、豆類、果物、乳製品、穀類、肉、魚、芋類、卵、砂糖)、運動習慣、アルコール摂取、喫煙状況などが問われていた。また、基礎疾患、体格、学歴なども同時に問われていた。

 対象者はタンパク質摂取について1~10点(一番少ないのが1点、一番多いのが10点)、糖質摂取について10~1点(一番少ないのが10点、一番多いのが1点)のスコアを付けられ、その合計から2~20点の低糖質・高タンパク質スコアを付けられた(2点=タンパク質摂取が少なく糖質摂取が多い、20点=タンパク質摂取が多く糖質摂取が少ない)。スコアが上昇するにつれてカロリー摂取が一貫して増えていたり、減っていたりするということはなかった。

 最初に起きた心臓や血管の病気に関する事故(心血管イベント)を1次評価項目とし、同時に心筋梗塞などの虚血性心疾患、脳梗塞などの虚血性脳血管障害、脳出血、くも膜下出血、閉塞性動脈硬化症を別々に評価項目として扱うことも行って、低糖質・高タンパク質スコア別のリスクを検討したというのが今回の研究である。

研究のポイント2:糖質20グラム減、タンパク質5グラム増で心血管イベント5%上昇

 回答を寄せた4万9,261人のうち、登録の時点で動脈硬化症の既往があったり、アンケートへの回答が不完全だったり、極端なエネルギー摂取異常(1日440キロカロリー未満あるいは1日2,970キロカロリー超)があったりした人を除外するなどして、最終的に4万3,396人が解析の対象とされた。

 平均15.7年の観察期間中に1,270件の心血管イベントが記録された。その結果、低糖質・高タンパク質スコアが2点上がるごとに、5%ずつ心血管イベントが発症しやすくなることが示された。同スコアの2点上昇は、20グラムの糖質摂取の減少と5グラムのタンパク質摂取の増加に等しいと、論文の著者らは述べている。この心血管イベントの増加は、イベントの種類によらず、虚血性心疾患であれば4%、脳梗塞であれば7%の増加につながっていた。

 なお、タンパク質の主体が動物性なのか植物性なのかで分けて検討するため、動物性タンパク質が1日40.9グラム以上かどうかで分けたところ、動物性タンパク質が40.9グラム以上の方が心血管イベントの発生率比は大きくなる傾向にあったが、統計学的な差異はなかった。よって(植物性タンパク質が主体かどうかにかかわらず)、一般論として低糖質・高タンパク質食は動脈硬化症の発症につながる傾向にあると論文の著者らは述べている。

私の考察:糖質制限食の議論に一石を投じる論文

 論文の著者らによると、これまでに糖質制限スコアを用いた前向きコホート研究が4つあるという。それらを検討すると、おおよそ動物由来のタンパク質を摂取した場合には低糖質・高タンパク質になるほど心血管疾患による死亡(心血管死)や全ての原因による死亡(全死亡)が増えるという結果が出ている。Nurses' Health Study(NHS)だけ「低糖質・高タンパク質・高脂質で虚血性心疾患は増えない」という結論になっているが、Health Professionals' Follow-up Studyと合わせた検討(NHS+HPFS)では、動物由来のタンパク質を摂取した場合には低糖質・高タンパク質になるほど心血管死が増えるという結果になっている。

 こうしたことを踏まえ、長期には心血管イベントのリスクにさらされるので、短期には体重減量に有用だという低糖質・高タンパク質食の主張は見当違いであると、ドイツ栄養学研究所のAnna Floegel氏らは同誌の社説で述べている(2012; 344: e3801)。

 一方で、同誌の公式サイトには複数の異論が掲載されている。栄養分析が登録時の1回のみで、15年以上その食生活が継続しているという仮定に無理があるというものや、アンケートによる栄養分析はそもそも怪しいというもの、塩分摂取量での調節がなされていないというもの、脂質(の質)をもっと重視すべきなのに全く考慮されていないというものなど、さまざまである。

 私自身がこの論文の問題点を挙げるとすると、2つある(ただし、私が明確に糖質制限食を是認している人間で、偏向の可能性があることをご理解いただきたい)。

 まず、タンパク質の主体が動物性か植物性かの検討を試みたとはいうものの、その方法は、動物性タンパク質の摂取が1日40.9グラム以上か未満かに分類するという理解の困難な方法だということである。実は、前述のNHS+HPFSでは、植物性タンパク質を摂取した場合には低糖質・高タンパク質になるほど心血管死が減少しており(「Annals of Internal Medicine」2010; 153: 289-298)、今回の研究対象のスウェーデン女性生活習慣・健康コホートを検討した以前の論文に対する「Journal of Internal Medicine」の社説でも、タンパク質の質の重要性が述べられている(2007; 261: 363-365)。

 よって、本研究で植物性タンパク質での低糖質・高タンパク質の影響を検討するのであれば、NHS+HPFSのように、動物性タンパク質と植物性タンパク質とを独立させて10のカテゴリーに分け、植物性高タンパク質における心血管イベントの発生率を求めるべきだと感じられる。基礎医学的にも動物性タンパク質が動脈硬化症を引き起こし、植物性タンパク質は保護的に働くということが示唆されており(「Journal of Nutrition」2008; 138: 332-337、「Atherosclerosis」2010; 212: 107-115)、この点について論文の著者らはもっと慎重に解析すべきである。

 2つ目は、全ての観察研究の限界であるが、交絡因子(調べようとしている要素以外で影響を与えるもの)の調整が本当にできているのかが疑問だということである。すでにBMJ誌の公式サイト上に投稿されている塩分摂取量もそうである(タンパク質の味付けの方が糖質の味付けよりも塩分を利用することが多いだろうという考え方)。

 また、BMI(肥満指数)での調整も気になる。本研究では、低糖質・高タンパク質スコア別のBMIの記載がなく、さらに、統計解析に際してBMIは25未満, 25~30, 30以上の3カテゴリーに分けての調整しかなされていない。本研究では25未満が3万1,380人(72.3%)、25~30が9,532人(22.0%)、30以上が2,484人(5.7%)という分布である。こうした調整でBMIの影響をきちんと除外できているのかに疑問を感じる。BMJ誌の社説でFloegel氏らが認めているように、低糖質・高タンパク質が減量に有用であるとすると、低糖質・高タンパク質スコアが高値のグループは背景でBMIが高かった可能性がある。また、背景でBMIに差異がなかったとしても、元来BMI高値で体重減量のために低糖質・高タンパク質食を選択していた肥満既往者がスコア高値のグループに多かった可能性がある。

 しかし、そうはいっても、4万人での15年の観察研究のインパクトはある。糖質制限食を指導する際には、減量なり血糖改善なりの臨床的効果を確実に得て、少なくともそのことによる心血管イベント抑制効果を確保することが大切であろう。糖質制限食を是認する人間であればこそ、このような批判論文に謙虚に、真摯(しんし)に耳を傾けたいと思う。

山田 悟(やまだ さとる)

1994年、慶應義塾大学医学部を卒業し、同大学内科学教室に入局。東京都済生会中央病院などの勤務を経て、2002年から北里研究所病院で勤務。現在、同院糖尿病センター長。診療に従事する傍ら、2型糖尿病についての臨床研究や1型糖尿病の動物実験を進める。日本糖尿病学会の糖尿病専門医および指導医。

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