糖尿病治療のおはなし
2012年10月12日 14:56 公開

"適切なタイミングでのインスリン治療 の開始"って何?

β細胞が元気を取り戻せば糖尿病の薬物治療を中止できることも

 こうしたインスリン製剤を使った治療を適切なタイミングで始めると、なぜ薬物治療を中止できるのでしょうか。それを説明するのが「糖毒性」という言葉です。

 高血糖が長年続いた患者さんの体では、インスリンの「分泌不足」と「作用障害」の両方がみられます。インスリンが足りず血糖値が高い状態が続いていると、全身の細胞に対するインスリンの働きまで低下し、さらに血糖値は高くなります。この両者がさらなる悪循環(糖毒性)を招いてしまうのです。

 しかし、治療で高血糖の状況を正常な状態に戻すことができれば、悪循環を断ち切ることができます(これを「糖毒性の解除」といいます)。β細胞にまだ元気があるうちに悪循環を断ち切って休養を与えてインスリン分泌を回復させ、さらに血糖値が低下してきて全身の細胞がインスリンに反応する力を取り戻すと、インスリンの効果が高まるのです。こうなれば、インスリン注射療法を中止したり、経口薬を減らしたりすることもできるようになります。

 この治療を行う上で重要なのが、開始するタイミング。β細胞に元気が残っているうちに始めることが大切です。インスリン療法を行えば、血糖値のコントロールは可能です。しかし、β細胞機能を回復させることを目標にする際には、今まで考えられていたような"インスリンは最後の手段"ではない、的確な時期に開始する必要があることを理解すべきでしょう。

持効型溶解製剤の登場でやりやすくなったインスリン治療

 このように効果の大きいインスリン製剤ですが、毎食前に注射しなければならないという手間が嫌がられ、これまで長く、「ほかの薬が効かなくなったときの最後の手段」と位置付けられてきました。

 この固定概念を覆したのが、1日1回注射するだけでよい持効型溶解インスリン製剤の登場です。高血糖患者さんに常時不足している基礎インスリンを24時間持続的に補充してくれるので、食事前(空腹時)の血糖上昇が抑えられ、β細胞に掛かる負担が軽くなります。食後の血糖上昇が大きい患者さんでは他の薬を併用しなければなりませんが、それでも患者さんにとってはぐっと使いやすいインスリン製剤となったのです。

経口薬にプラスして血糖値が大きく改善

 副作用として、低血糖が0.97%の患者さんに、体重増加が0.50%の患者さんに認められましたが、食事療法や運動療法で改善できる程度であり、インスリングラルギンの追加治療が有効かつ安全に行えることが証明されました。

経口薬では血糖値が十分下がらなかった日本人の糖尿病患者さん約5,000人に、持効型溶解インスリン製剤の1つ、インスリングラルギンを追加して半年間様子をみたところ、 ヘモグロビン(Hb)A1c値や空腹時血糖値、食後血糖値といった血糖値の指標がいずれも大きく改善していることが「ALOHA(Add on Lantus to OHA)試験」(東京大学医学部の門脇孝教授らがまとめた研究)で証明されました。

 このALOHA試験ではもう1つ、重要な結果も示されました。患者さんが医師の指示通りにインスリングラルギンを注射できたかどうかについても調べたところ、「指示通り」に注射できた患者さんが88.8%に達していたのです。

BOTに強化療法―インスリン治療に選択肢が増えた

 こうした、経口薬に持効型インスリン製剤を追加する治療のことを「Basal supported Oral Therapy(BOT)」と呼びます。経口薬では効果がいまひとつの患者さんには、早めにインスリン治療を加えて良好なレベルに血糖値をコントロールし、糖毒性を解除しながらβ細胞を休ませることによって、本来のインスリンの作用を取り戻した方がよいという考え方です。

 もっと強力なインスリン治療で血糖値をコントロールする「強化インスリン療法(Basal-Bolus療法)」もあります。1回注射するだけで1日中作用してくれる持効型溶解製剤に、超速効型などピンポイントで効果を発揮する製剤を組み合わせる方法で、健康な人のインスリン分泌状態に人工的に近づけるのです。

 この方法は、1日何回もの血糖測定がきちんとできなければいけませんし、患者さん自身が治療や製剤の特徴をよく理解し、低血糖が起きても正しく対処できること、糖尿病専門医に相談しながら行うことが必要ですが、血糖の状態を改善させたいときには非常に良い方法になります。

 かつて"最後の手段"とされてきたインスリン治療は、医学の進歩によってぐんと身近で、楽な治療になりました。そのおかげで、より早い時期からインスリン治療を開始し、患者さんを糖尿病になる前の状態に戻すことが可能になりました。このように"糖尿病を治す"治療が、いま積極的に行われるようになっているのです。

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