2012年12月25日 09:44 公開

トキソプラズマが脳を"乗っ取る"メカニズム明らかに

スウェーデン研究

 世界人口の4分の1~3分の1が感染しているといわれるトキソプラズマだが、免疫に異常のない健康な人の場合、感染しても特に重大な症状が現れることなく慢性感染に移行することが知られている。しかし、この慢性感染期に感染者の行動や人格に変化が起きるという研究結果が数多く報告されている。スウェーデン・カロリンスカ研究所のAntonio Barragan氏らは、PLoS Pathog2012; 8: e1003051)に掲載された報告の中で、トキソプラズマが神経伝達物質であるγ(ガンマ)-アミノ酪酸(GABA)を介して、脳に進入するメカニズムを明らかにした。この同じメカニズムが、トキソプラズマによる脳の"乗っ取り"にも関与している可能性があるという。

"乗っ取り"で異常行動の報告

 トキソプラズマは寄生虫(原虫)の一種で、人間をはじめ哺乳類や鳥類などに寄生するが、オスとメスの成虫になって卵(オーシスト)を産む「有性生殖」が行える終宿主はネコ科の動物のみ。肉の生食や飼い猫の糞(ふん)便との接触などから経口感染し、日本人の保菌率は10%程度だという。多くの場合、自覚症状のない不顕性感染だが、実際は免疫の力が及びにくい筋肉や脳でシストと呼ばれる丈夫な袋を作って休眠状態になり、無性生殖によってゆっくりと増殖する慢性感染に移行する(関連記事)。

 この慢性感染期に、人間では総合失調症や双極性障害にかかりやすくなるという報告や、男性では、集中力散漫、規則破り、危険行為、反社会的行為、女性では異常に社交的、男性関係にふしだらになるなどの報告は少なくない。今年7月には、トキソプラズマに感染した人では自殺や自傷行為のリスクが上がると報告された(関連記事)。また、トキソプラズマに感染したネズミではネコに対する恐怖心が消え、逆にネコの尿のにおいに引き付けられるようになるという。

 しかし、トキソプラズマによる脳の乗っ取りが実際に起こっているという物質的な根拠は、これまで知られていなかった。今回のBarragan氏らの研究も、それを直接証明したわけではないが、トキソプラズマが全身に広がるメカニズムを研究する中で、初めて根拠の候補となる物質を見出したのだ。

感染した樹状細胞がGABAを産生

 トキソプラズマは、あらゆる種類の細胞に感染することができるが、皮肉なことに本来トキソプラズマを排除すべき免疫系の門番である樹状細胞にも感染し、その移動能を高め、全身に感染が広がることは知られていた。

 Barragan氏らは、その仕組みを調べた結果、骨髄性樹状細胞がGABAの産生、分泌、受容ができること、トキソプラズマへの感染が引き金となって、骨髄性樹状細胞がGABAを分泌すること、それによって自身の移動能が活性化されることを、培養細胞を使った実験で明らかにした。

 一方、動物実験では、薬剤でGABAの産生を抑制するとトキソプラズマに感染した樹状細胞の移動能は高まらず、トキソプラズマの脳への蓄積も減少することを発見した。以上の結果から、トキソプラズマは感染した樹状細胞にGABAを強制的に作らせ、GABAによって高まった移動能を利用して全身へと広がるというメカニズムが明らかとなった。

脳内でのGABAの乱れが原因か

 GABAはブレーキの役割を果たす抑制性の神経伝達物質として、多くの脳機能に関わっている。脳内のGABA量が乱されると、グルタミン酸など興奮性の神経伝達物質とのバランスが崩れ、精神障害や行動異常を引き起こすことが知られている。

 今回の研究では、脳へと広がったトキソプラズマが、感染した樹状細胞によって直接運ばれたのかどうかは明らかにしていない。しかし、もしそうだとすれば、脳へ進入したトキソプラズマ感染樹状細胞が脳内のGABA量を乱すことで、何らかの神経作用を及ぼしている可能性は高いと考えられる。

 Barragan氏は、今回の発見について「これまで解明されなかったトキソプラズマ感染による複雑な症例に、ようやく説明がつけられるようになるかもしれない」とコメントしている。

(サイエンスライター・神無 久)

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