小堺一機さんインタビュー(がんとの闘い)(1)

2013年05月15日 15:45 公開

小堺一機さんインタビュー(がんとの闘い)(1)

第1回:寝るも生きるも“自然体”

 大学在学中の1977年に活動を始めた芸能生活は早や36年、軽妙なトークとモノマネで不動の人気を得ているタレントの小堺一機さん。ラジオやテレビ番組、舞台などのいずれも携わった仕事は30年前後の"長寿"として知られ、現在も続けています。明るさと元気の象徴のような小堺さんですが、今から9年ほど前の2004年、働き盛り真っただ中でがんを患い、仕事を休んだこともあるのです。でも、現在ではそんな経験を感じさせない活躍ぶり。そのカラダとココロの健康を維持する方法について、小堺節をたっぷり伺いました。

――普段、健康についてどんなことを気をつけていますか?

 それがね...(健百インタビューなどを)読んでいると、皆さん病気になってから色んなことなさって、努力して、すごいじゃないですか。僕も首にがんができたりとかしたんですけど、実は...何もやってないんです。全然してない。だから、今日のインタビューで何を話そうか、困ったなって...(笑)。

 若い頃に、売れっ子気分も味わわせてもらって、朝4時にスタジオ入って昼に移動して、また別のところ行って深夜まで仕事っていう経験もさせてもらったんですが、ズボラなんですかね。「その時眠かったら寝ちゃえばいいし」と思っていて、もちろん寝られないこともあるんですけど、例えばドラマの撮影で朝4時に終わって、「お疲れさまでした。"明日"の集合は朝7時で」って言われた時もありますよ。でも、「え、寝られないんだ」と思っちゃうとよくないんで、「じゃ、今日は寝ない日だ」と思うようにしています。そんな適当でめちゃくちゃな生活リズムでも苦にならないんです。逆に、この前なんか夜10時に寝ちゃったし。

――あえて言うなら?

 あえて言うなら...たまに歩いたり泳いだりしますけど、食事は親父が板前だったので「好きなものを食べて飲む」ってのが、子供のときから身に付いちゃってて...。親父が言うには「食事減らすと心が寒くなるから食いものはいいものを食え」「金がないと貧乏なもの食うからみんな心まで寒々しくなる。みんな間違ってんだ、逆なんだ」って。だから、変な家でしたよ。お金があまりない割に、夕食にすき焼きなんかが出たり。そんな家庭で育ったんで、食べ物は割と食べたいもの食べちゃいます。お酒も飲んでるしね。

――タバコは?

 

 さすがにタバコはやめました。でも、すごい意志を持ってとかじゃないんですよ。プライベートで毎年ニューヨークに行っているんですが、移動中の飛行機の中が吸えなくなって、現地に着いてもレストランやバーなど公共の場では吸えないとなった12年くらい前、劇場に行ったときもレストランに行ったときも、常に「次はどこで吸おうか」って考えながら行動していたんです。

 でも、ふと「年に一回、皆さんに休ませてもらって来ているニューヨークで、最初に考えるのが"次どこでタバコ吸おう"ってことなのは本末転倒だ」「せっかくお金払って来て、見なきゃいけない舞台があったり、気にしなくちゃいけないこともいっぱいあったりするのに」と思って、自分に腹が立ったんですよ。

 そこで、帰りの飛行機から、禁煙を試してみようと思ったんです。いつもは、成田空港に着くと「ああ、着いた着いた」って喫煙所に直行して吸っていたけど、まずは家まで我慢してみようと。それで、家に着いたら「今度はご飯を食べて吸いたかったら吸おう」と思い立って、食べたらやっぱり吸いたくなったんですが、「我慢できるかもしれないから...明日の朝まで我慢しよう」っていうふうにしていたら、吸わずにいられるようになったんです。

 だから、僕は今でも「吸いたきゃ吸ったっていい」と思っています。たまにお酒を飲んで楽しいと、マネジャーに「一本ちょうだい」と頼んで吸うこともあるけど、それでまた習慣的に吸い始めることはないですね。やめたんじゃなくて「今日は吸っていません」っていう感じ。「やめるぞ!!」なんて決意すると、たぶんそれで吸いたくなっちゃうんだと思います。

――病気になってからは?

 今でも3人の先生には診てもらっているんですけど、執刀してくださった先生と、もともと喉のポリープを見てくれていた先生、たまたま麻布に住んでいたときに下の階に住んでいらした免疫系の先生がいて、その方にも診てもらったり。それぞれ月イチ、つまり月に合計で3回診てもらっていて、たまに血液検査したり、この前はPET(陽電子放射断層撮影)の検査を受けたり、そういうことはしています。 

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