麻木久仁子さんインタビュー(脳梗塞・乳がんとの闘い)(3)

2013年09月02日 10:30 公開

麻木久仁子さんインタビュー(脳梗塞・乳がんとの闘い)(3)

「治りゃいいでしょ」の時代じゃない

――手術の後にすごく落ち込む方も多いと聞きますが?

 私の場合は、小さいなりに大切な胸がちょっとへこんで悲しいなと思って...。実は、左側は切除した断面に何もなかったけど、右側はまだ端にがん細胞が残った「断面陽性」だったので、もう一度手術したんです。

 一度目手術の時、鏡で見たら手術の痕が引きつれて下がって、おっぱいがまるで"タレ目"のようになっていました。先生に「傷はどう?」と聞かれて、私はもちろん命の方が大事だから文句のつもりなんかじゃなく「大丈夫です。きれいにくっついて。ちょっと"タレ目"になったけど」なんて言ったら、先生は「ふ~ん」。その後、二度目の手術を終えて鏡を見たら、"タレ目"が直っていたんですよ。「先生、"タレ目"直しました?」って聞いたら、「"タレ目"になったって文句言われたから」「えー、文句なんて言ってないですよ~」って(笑)。

 でもね、それで一つ思いました。もちろん病気を治すこと、命が助かることが一番大事なんだけど、同時にその病気が治った後の生活もすごく考えた上で治療する時代なんだということを。「治りゃいいでしょ」ではなくて、治った後も自信を持って生きていく、楽しく生きていくことができるようにしてくれているんです。メスを入れた3~4センチの傷も、何気なく言った「タレ目になった」って言葉も、先生は気にしてくれたんだと気づきました。

 先生は「僕は男性だから、女性のこと、女性がどう感じるかってことの根本はやっぱり分からない。だから、患者さん自身がどう感じたかってことがやっぱり第一なんだ」って言っていました。

――今、不安はありますか?

 今回のことに関しては適切な治療が受けられたと思うので、5年間薬を飲んで克服できると思っています。でも、最近になってあの"アンジェリーナ・ジョリーの告白"(関連記事)があって...。自分が乳がんになって結果が出るまでは色々考えて、例えば先生から「乳頭部を切る可能性もある」と言われれば、「乳頭部がないってどういうこと?」とか、幸いに今回は温存できたけど、もし再発して今度は取らなきゃならないって言われたらどうしようとか。

 「おっぱいなんてあろうがなかろうが関係ないじゃん!」って思う日もあれば、ふと鏡の中を見たときに、小さくて、若い頃に比べると垂れ下がったとはいえ、「愛おしい。やっぱりないよりあった方がいい!」って思う日もある。結構、日によって気持ちが揺れていました。手術の後も、しみじみと自分の体が大事、かわいいという気持ちにもなった。50歳でもそんなふうに感じるんだから、まして若い人やパートナーがいればどう思うか...。

 アンジェリーナ・ジョリーの場合は、パートナーのブラッド・ピッドが理解して支えてくれたということですが、世の中の男性全員がブラピじゃないし。一概には言えないなって思いました。人によっても状況が違うのに、自分自身も日によって違う...でもどっかで決断しなくてはならない。

――本当に難しい決断...

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 私自身、その時々で態度が違いましたからね。最初のうちは「先生、もう命が大事だから四の五の言わずにバッサリ切ってください!」って言っていて、でもだんだんと色んな選択肢があることを教わっていくうちに、「あっちがいい、いやこっちか?」なんて迷ったり、温存だと決まった途端に「先生、ホルモン剤のせいでホットフラッシュ(のぼせ、ほてり)が」と訴えてみたり。この前まで「命が!」と言っていたのに。

 思い出してみると多分、先生は経験から"患者の気持ちは変わる"ってことを前提にしていたんでしょう。でも、先生自身は変わらない。ブレない態度で接してくれていたなと感じます。

 アンジェリーナ・ジョリーの決断は、一つにはもちろんパートナーの支えがあるのも大きいと思うし、その選択にかかる経済的なこともある。また一方で、自分のキャリアを築き上げてきた大スターだから、「自分の人生も自分で作り上げるんだ」「自分の体も自分の意志でコントロールする」という気持ちが強いんだろうなって思いました。

 ある意味あっぱれ、すごいなとは思うんですよ。でも、誰もがああいう風に凛々(りり)しく立ち向かえって言われても、私にとってはちょっとつらいかもしれない。私は母方の叔母が若くして乳がんで亡くなっていて、私は叔母ほど若くはないけれど両方いっぺんにがんができたので、「遺伝子検査で調べたら?」と言われることが増えたんですけどね。

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