2013年11月15日 06:00 公開

生きた細胞をインクジェットで打ち出す「3Dバイオプリンター」

開発経緯と展望を聞く―富山大・中村真人教授

 最近、にわかに注目されている3次元(3D)プリンター。大型の産業用から小型の家庭用までさまざまな機器が登場しているが、富山大学工学部生命工学科の中村真人教授は、細胞を生きたままインクジェット技術で打ち出し、細胞組織を作り上げる「3Dバイオプリンター」の開発に成功した。「インクジェットという技術は、"臓器を作る"ためにはとてつもない可能性を秘めている」と語る中村教授に、開発の経緯と組織工学・再生医療における展望などを聞いた。

新しいアプローチ「バイオファブリケーション」

 神戸大学医学部を卒業後、故郷の金沢大学小児科の医局に入って診療に携わっていた中村教授。卒業から10年目に国立循環器病研究センター(大阪府)、さらに東京医科歯科大学で人工臓器の研究に取り組むようになった。

 大人用の人工心臓が実用レベルまで進歩する一方、先が長く活動の活発な子供の人工心臓の開発を目指したとき、エネルギー供給、ケーブルの断線や成長への対応など、機械式人工臓器の問題と限界を感じていた。こうした中で、「細胞で臓器を作れば、それらの問題は解決できるに違いない」「細胞から臓器を作るには機械の手が必要だ。それを可能にする装置を研究開発しよう」と考えるようになったという。

 再生医療もiPS細胞(人工多能性幹細胞)も移植医療で必要とされている重要な臓器への応用発展が期待されているが、現在のところ、組織培養で確実に作ることができる組織は、培養皮膚や軟骨など1種類の細胞でできた単純なものに限られている。

 現在用いられている培養皿や足場材(スキャフォールド)を使った手法は、いずれも手作業で細胞をばらまく方法。そこで中村教授は、機械工学的に生きた細胞と生体を構成する材料を適切に配置して立体細胞組織構造体を作り上げるアプローチを始めた。この手法を中村教授らは「バイオファブリケーション(biofabrication)」と呼んでいる。

インクドットと細胞は同サイズ

 では、どうやって機械で臓器を作るのか―。中村教授はまず、「細胞を一つ一つ積み重ねていくためには、細胞を一つ一つつまむ技術が必要」と考え、細胞操作用のマイクロマニュピレーター(光学顕微鏡で見ながら細かな作業を行う装置)の開発に取り組んだ。しかし、1立方センチの組織を作るには、1億~10億の細胞が必要であり、「とんでもなく高速に細胞を並べる」必要があった。

 当時はインクジェットプリンターが急速に進歩した時代。写真画質の印刷が可能になったばかりだったが、目で見えるような大きさのドットを打っていた頃を思い浮かべ、ある日、「もしかすると個々のインクドットは細胞と同じくらいに小さくなっているかもしれない」と考え、印刷物を顕微鏡で観察してみた。すると、インクドットの大きさは細胞一個に匹敵するサイズで、しかも莫大な数のドットが全て厳密に、位置、色、密度、配合をコンピュータで制御されて打たれていることが分かった。

 そのインクジェット技術に驚き、中村教授は「インクドットのようにさまざまな種類の細胞を一個一個適切に配置構築することができたなら、何億もの細胞を配置することが十分できるのではないか」と考え、生きた細胞を直接打ち出して立体のものを作れる装置の開発に取り組み始めた。

市販のプリンターに自分の血液を詰めてみる

 「当時は、細胞をインクジェットプリンターで打ち出すなどといった話は聞いたことがなかった。そのため"まず、本当に生きた細胞を打ち出せるのか"というところから始まった」と中村教授は振り返る。

 同教授はまず、家庭用のインクジェットプリンターを購入してインクを抜き、代わりに最も身近に入手できる細胞として自分の血液を採取、赤血球を生理食塩水で薄めて詰め、打ち出してみた。ところが、プリンターはあっという間に詰まって、動かなくなってしまった。

 その後、プリンターメーカーの協力を得て、細胞の大きさに合った研究用のインクジェットのヘッド(インクの吹き出し口)を貸してもらえることになる。そのヘッドを使って細胞を打ち出してみると、細胞は生きたまま打ち出せ、増殖にも影響がないことが確認できたという。

 しかし、インクジェットから打ち出される液体はとても少なく、すぐに乾いてしまう。乾燥すると細胞は死んでしまうことから、細胞を乾燥から守るためにインク材料としてアルギン酸ナトリウム溶液を用い、受け側には塩化カルシウム溶液を用いて、打ち出した細胞をゲルで固める工夫を加えた。人工イクラを作る仕組みだ。研究所で仲が良かった有機材料の研究者が実験してみせてくれたのを思い出した。

 これにより、打ち出された細胞は、生きたままゲルに包み込まれ、ビーズのようになる。さらに、ラインを引くとにじまずにゲルの繊維となり、立体交差もできることが確認でき、積層プリントも可能であることを見いだした。いわば、中村教授独自の「3Dバイオプリンター」の開発だ。

チューブやピラミッド型なども作れるように

 その後、中村教授は、神奈川科学技術アカデミー(神奈川県の財団法人)が2005~07年度に行った「バイオプリンティング」プロジェクトという3年プロジェクトのリーダーを担当する機会に恵まれ、3Dバイオプリンターの本格的な開発に挑んだ。その頃にはすでにさまざまな3Dプリンターが産業用途に開発され始めていたが、通常の3Dプリンターと異なる点は、生きた細胞などを生きたままで重ねて立体に造形する装置というところだ。

 自作した装置(写真1)は、コンピュータープログラムでヘッドの動きを制御でき、ラインやシート、サークルなどのパターンを自由に描くことが可能となった。連続して重ね塗りをしていくことで溶液中に立体のチューブ構造が作製でき、さらにインクジェットプリンターのカラー印刷技術を応用して、2~4種類の細胞による"多色刷り"の立体造形も実現した(写真2)。

 同プロジェクト終了後、中村教授は富山大学に異動し、引き続き3Dバイオプリンターの改良に取り組んでいる。現在は、複数のビットマップ画像を自動で読み込み積み重ねていく機能を追加し、ピラミッド型やハニカム構造(蜂の巣のように正六角形を並べた形)など、複雑な立体構造も作れるようになった(写真3)。

"本物の組織"にできるのは次の段階

 今後の課題としては、装置の改良とともに、細胞を受け止めるゲル材料の改良および新材料の開発が挙げられる。現在使っているアルギン酸ゲルは、造形のしやすさでは優れているが、ゲルの中で細胞が育ちにくいという問題がある。血液が固まる性質を利用したフィブリンゲルでも作ってみたが、細胞の育ちやすさの点ではアルギン酸ゲルより優れている一方、強度が非常に弱く形を維持することが難しかった。造形と細胞の成長・組織形成を両立することが課題という。

 こうした中で、2009年に国際雑誌が発刊され、2010年には国際学会が発足するなど、「バイオファブリケーション」は世界的にも注目され始めている。

 細胞から臓器を作るという目標が壮大なだけに、実現すべき技術の壁は高くて険しいが、バイオファブリケーションの研究は確実に進歩の速度が上がっている。中村教授は「最近の世の中の"3Dプリンターブーム"がわれわれの研究の追い風になって、装置開発が一気に加速してくれれば」と期待を示し、「バイオファブリケーションは生体組織や臓器作りを革新するでしょう。ただし、実際にはその次の段階、つまり、"構造物"からいかにして"本物の組織"に育てるか、その先を見据えての研究が組織作製のための次の突破口につながると考えています」と話した。

(編集部)

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