園田マイコさん 乳がんとの闘い(1)奈落

2014年06月18日 15:00 公開

園田マイコさん 乳がんとの闘い(1)奈落

1:奈落

 園田マイコさん、45歳。一時はニューヨークでも活動し、今も雑誌やテレビなどで活躍する現役モデルです。実はマイコさん、その華やかな仕事の陰で女性ならではの病と闘ってきました。6年前に乳がんを発症。その間もシングルマザーとして息子を育てながら、仕事も続けてきたのです。「周りの人に恵まれたから」と静かに話すその言葉、女性らしい柔らかな笑顔、そして凜(りん)とした美しさには、病気であっても前向きな姿勢が貫かれています。今夏、ホルモン治療を終えてその闘いに一区切りがつく今の思いを聞きました。

――乳がんに気付いたきっかけは?

 急に気付いちゃったんです。2008年10月末でした。

 実は、普段からよく自己触診はしていたんです。乳がんができやすいといわれるリンパに近い脇の下の辺りを。その日はたまたま、ほかの部分をあちこち触ったら、あれ? って...左胸の乳首の下のところに、明らかに違うモノがあった。

 「え、何だろう?」ってまず思った後、呼吸や鼓動が激しくなって、「どうしよう、どうしよう、変なのだったらどうしよう」って...。いくら触っていても移動したり軟らかくなったりとかはなく、そこにずっと硬いままありました。

 それで、もともとお世話になっていた婦人科の女性の先生のところに行ったんです。

――その後、乳がんの専門家に診てもらったんですね?

 はい、そのかかりつけの先生に紹介状を書いてもらって、1週間後に行きました。そこでは針生検とエコー(超音波検査)と触診をして、検査が終わったら、担当の先生から「うーん、いろいろと診たけど大丈夫だと思うんだよね。95パーセント良性だと思う」と言われたので、「はあ...よかったあ」って、ひと安心したんです。

 ところが一週間後、病理検査の結果を聞きに行ったら、その先生から「プレパラート(検体)が誰かのものと間違っているんじゃないかって何度も検査室に確認したんだけど、やっぱり君のなんだ。悪性なんだよね」とあっさり言われて。

 「え? 私? え? 悪性? ...がん?? どういうこと? 先生は何を言っているんだろう」って混乱し、説明があったんですけど、ほとんど頭が真っ白で覚えていない状態。耳にも入ってこないし、整理もつかないし、...どうしよう...どうしようって。

園田マイコさんインタビュー

 途中「(乳房を)全摘(全摘出)をしないと」という言葉が聞こえはしたんですが、何も質問もできず、一方的に説明されるままで終わって帰りました。「もうここにいられない」「早くここから出たい」って思って病院を出たら、それまで我慢して止めていた感情が一気に開放されて、バーって涙が出て...。しばらくしてから所属事務所と元夫に電話して、息子にどう言おうかと迷いながら家に帰ったんです。

 当時、息子は中学2年生だったんですが、それを言った後に息子の心が崩れちゃったらどうしようとか思いました。微妙な年頃ですし。

 それが、「ただいま」って帰ったら、いつもは出迎えてくれることなんてないのに、迎えに出てきてくれて、「病院でこんなこと言われて...」って言ったら「さっきパパから電話があって聞いたよ」って「パパと2人でママをサポートしていこうって決めたから大丈夫だよ」って言われました。

 そんなことを言ってくれるなんて思わなかったので、感動でした。さらに、そっと、ぎゅっと抱きしめてくれたんです。

――頑張ろうと思えた?

 はい、思いましたね〜(笑)。

 それから「セカンドオピニオンも聞いた方がいい」という事務所のアドバイスで紹介された病院にも行って、そこでも「全摘かもしれないね」って言われました。

 色んな検査をしていく中でどこかで「乳がんだろうな」という気持ちになっていって、検査後の先生の話を聞くときには、「多分乳がんだろう」って受け入れる気持ちになったんです。

 1つ目の病院で「95パーセント良性」と聞いていながら、いきなり奈落の底に突き落とされるのを経験したので、もうここで期待しても無理だな、全摘か...って。

――モデルという仕事柄、不安はありませんでしたか?

 やっぱりありました。病気をした時点で、もう仕事がなくなってしまうんではないかとも考えました。天職と思ってきたモデルの仕事がなくなったら、何をすればいいのか、特技もないし...。まあ、やりたいことはあるからそれを勉強するとして、でも軌道に乗るまではお金も入ってこないし、子供もいるしどうしよう...って思っていました。

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