岩田稔投手 1型糖尿病との闘い(1)何のこっちゃ分からん

2015年02月02日 06:00 公開

岩田稔投手 1型糖尿病との闘い(1)何のこっちゃ分からん

1:何のこっちゃ分からん

 「夢を諦めずに頑張っていけばできないことはない。1型糖尿病の代表として頑張りたい」―2005年に日本中の野球少年の夢、プロ野球の入団会見でこう宣言した阪神タイガースの岩田稔投手。1型糖尿病は、一般的な2型糖尿病と違って生活習慣が原因ではなく、血糖値を下げるインスリンを作る膵臓(すいぞう)の細胞が壊れることが原因で起こる病気で、子供に多いのが特徴です。血糖値が上がり過ぎると昏睡(こんすい)、最悪の場合は亡くなることもあります。血糖値を安定させるには、インスリン製剤の注射が不可欠です。

 こうした病気と闘いながら、日本の最高峰であるプロ野球選手になった岩田投手は、2014年シーズンは9勝、リーグ2位の防御率2.54、2年半ぶりの完投勝利、2度目の無四球勝利という大活躍でチームの日本シリーズ進出に貢献。さらには日本代表"侍ジャパン"の一員として日米野球の舞台でも登板しました。

 そんな岩田投手が病気に気付いたのは、大阪桐蔭高校時代。憧れの甲子園を目指し、2年生エースになったばかりの冬でした。

――病気に気付いたきっかけは?

 急に気付いちゃったんです。2000年12月末でした。

 すごく痩せてきたんですよ。高校2年の年末にちょっと風邪ひいた後から異常に喉が渇いて、トイレが近くなって眠れなくて、痩せて行って...でも練習は普通にしていたんですよ。ただ、走ると、いつもトップの方で走れていたのに急にめっちゃ後ろの方になっちゃったりして...これはおかしいなと。でも、練習中はおかしいなんて言えないじゃないですか。それで、年明けて1月になって病院に行ったら、もう即入院。

――その時の気持ちは?

 何のこっちゃ分からん...でした。血糖値が800mg/dL以上(正常は110mg/dL未満)になっていたんで「え? 何でだろう」と。糖尿病という名前は知っていましたが、どんな症状でどんな感じの病気かというのは知らなかったんで、まして1型糖尿病なんて、全く知りませんでした。

――野球のことはすぐに考えましたか?

 もう野球はできないな、と思いました。病気の名前を聞いた時は一生ベッドの上で生活しないといかんもんやと思って、もうずっとベッドにいなくちゃいけないんだって思いました。ちょうど、自分の高校がセンバツに出るか出ないか選考される時期だったんで、チームにすごく迷惑かけるなあ...と。一方で、「何としても戻りたい」とも思いました。

――野球を諦めそうになった?

 でも、病院の先生が「注射を打っておけば大丈夫」と言ってくれて、その後に「こういう人もいるよ」と教えてくれたのが、元・米大リーグ選手で読売ジャイアンツにもいたことがあるビル・ガリクソン投手。その存在を知ってから、「ああ、野球できるんだ、いけるな」と思えた。その後、同じ1型糖尿病と闘うエアロビクスの大村詠一選手にも出会って、話を聞いてみたら、「あれ、全く大丈夫だ」と思えました。

 うれしいというか、「よかった」とホッとしたというか...。僕は野球しかしてきていないんで、それを取ってしまうと何もできんって分かっていたんで。

岩田稔 投手

――今では野球だけでなく皆さんに勇気を与えている存在ですね。

 僕は病気になって、色々つらい経験もしましたから。みんなに同じようなつらい経験はしてほしくないというのがあるんです。

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