岩田稔投手 闘病しながらプロ野球で活躍(4)受け入れるコツ

2015年02月02日 06:00 公開

岩田稔投手 闘病しながらプロ野球で活躍(4)受け入れるコツ

4:受け入れるコツ

――同じ病気の子供たちも勇気付けられていると思います。

 ファンレターとか、なかなか返事は返せてないんですけど、送ってくれたものはちゃんと読んでいます。一昨年は、成績もボロボロで精神的にもひどかったんですが、そんな中、みんなが横断幕に寄せ書きみたいにめっちゃ書いてくれました。そういうのがうれしくて、僕の方も「やっぱりしっかりせなあかんな」って思っています。

――一方、2014年は大活躍の年でしたね。

 順調に行き過ぎて怖いというか...前のシーズンがボロボロだった分「うまく行き過ぎやな」と思うこともありましたけど、前のシーズンがあったから2014年につながったんかなとも思うんですよね。

岩田稔 投手

 そのつらかったシーズンに知り合いから紹介された本を読んで、何かあっても「それが運命や」と思うと気分が楽なんだと思えるようになったんです。それが病気も含めて受け入れるコツなのかもしれないって。何か自分につらいことや嫌なことがあったら、あ、運命なんだって思って受け入れて、そこでバチッと終わりにする。

――普通はなかなかそうできなくて苦しむのですが...。

 意外にやってみたら楽ですよ。やっぱり悩んでいると前に進めないですから。誰でも何かしらしんどいことはあると思うんですけどね、でも前を向く。

 そういう思いになれたのも1型糖尿病になったからだと思うし、そういう面では感謝したいと思っているんです。多分、1型糖尿病になってなかったら、ここにいないかもしれないとも思います。

岩田稔 投手

――その1型糖尿病研究のための寄付も毎年していますね?

 公式戦1勝につき10万円で、2014年はCS(クライマックスシリーズ)入れて10勝。何とか100万円に届いたんでよかった。

 同じ病気の人にも、「前に進んだ方がいい、これからの人生考えてもその方が絶対にいい」って伝えたいんです。後ろめたいと思ったりしている時間がもったいないと思う。注射、血糖コントロールをしっかりして行けば普通の人と何ら変わらない生活も送れますし、やりたいこともできる。今の自分を受け入れて、前を向いて。楽しいことが先に待っているんで、頑張ってもらいたいと思っています。

 それに、再生医療とかで治らない病気じゃなくなる時代も来るかもしれないと思うから、早く研究が進んで治る病気になれば、とも思っています。

――まだまだ続けなくちゃ! ですね?

 僕以外にこの病気の現役プロ野球選手はいないんで、40歳くらいまで現役を続けられたらいいなと思っています。もう31歳なんで、どれだけ続けられるか分からないですけど、1年1年が勝負。その積み重ねが40歳までとなっていたらいいなと思うんで、しっかり足元見つめて頑張っていきたいなと思っています。

(取材・文/さえき文香、撮影/矢澤亜津砂)

岩田 稔(いわた みのる)

 1983年、大阪府生まれ。大阪桐蔭高校2年の秋季大阪府大会でエースを務めて準優勝し、近畿大会でも8強入りしたが、同年の冬に風邪をひいたことをきっかけに1型糖尿病を発症。関西大学卒業後、希望入団枠で阪神タイガースに入団。左腕から繰り出す多彩な変化球と抜群の制球を武器に、ローテーションの柱として君臨している。2009年には日本代表としてワールド・ベースボール・クラシック優勝に貢献。2014年にも代表選出され、米代表と対戦した。また、NPO法人「日本IDDMネットワーク」の1型糖尿病研究基金への寄付や、患者の少年たちを阪神甲子園球場に招くなどの活動を実施。こうしたことが評価され、2013年には、継続的に社会貢献活動やファンサービス活動に取り組み、野球人として優れた見識を持つ選手を球団が表彰する「若林忠志賞」を受賞した。

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