2015年07月24日 10:30 公開

医療に必要なデザインとは? 「空の森クリニック」で検証

デザイナー佐藤卓氏らが出席

 「医療とデザイン」をテーマにしたシンポジウムが7月19日、東京・六本木で開催された。これは昨年11月、沖縄県八重瀬町にオープンした診療所「空の森クリニック」をめぐり、現代日本の医療の課題とデザインについて考えようというもので、同クリニックを運営する医療法人杏月会理事長の德永義光医師、同クリニックの総合プロデュースを手がけたグラフィックデザイナーの佐藤卓氏(佐藤卓デザイン事務所)、建築を手がけた建築家の手塚貴晴氏と手塚由比氏の夫妻(ともに手塚建築研究所)、アートワークを担当したアーティストの黒塚直子氏がパネラーとして出席。デザイン関係者らを中心に、140人あまりの参加者が詰めかけた。なお、佐藤氏は「ロッテ キシリトールガム」の商品デザイン、NHK教育「にほんごであそぼ」のアートディレクションなどを手がけ、手塚夫妻はグラフィックデザイナーの佐藤可士和氏とともに手がけた幼稚園「ふじようちえん」(東京都立川市)などで数々の賞を受賞している。

森の中のクリニック

 空の森クリニックは、不妊治療などの生殖医療を行うクリニック。德永医師は冒頭、不妊の原因の半数近くが不明と解説。しかし、ストレスによって発生する脳ホルモン「GnIH」が生殖機能を妨げている可能性を指摘し、「原因不明とされる不妊の多くが、ストレスに由来するものではないか」と語った。

 また、少ない医療従事者で多くの患者を診療しなければならない現状や、常に新しい設備や医療機器を導入しなければならないといった現代日本の医療の問題点を挙げ、「患者も落ち着いて医療を受けられないし、医療従事者も労働環境が悪化し、患者に寄り添うことができずに働き甲斐を失っているのではないか」と疑問を示した。これが、空の森クリニック開設の背景になったという。

 空の森クリニックは、森の中にたたずむ瀟洒(しょうしゃ)なコテージといった趣に仕上げられている。総合プロデュースを手がけた佐藤氏は、「ストレスを抱えた方が空っぽになれるように」という思いから、「空」「森」というコンセプトに至り、「森を作りませんか?」と德永医師に提案した。沖縄は、太平洋戦争の惨禍のために木々が失われて久しい。「沖縄に再び森を」という想いも相まって、「最初はびっくりしたが、素晴らしいコンセプト」と德永医師も賛同したという。

つい居眠りする居心地の良さ

 森の中に待合室、診察室がちりばめられるように点在しており、そのどれもが深い軒のある木造建築。「ほとんど外のような状態にした」と手塚氏が語るように、必要以上に屋外と区別するような造りにはなっていない。

 中央にある高度医療エリアだけは石造りの高気密の建築になっているが、それ以外は現代の病院建築とは全く異なり、内装も木質建材を多用した、落ち着いた空間になっている。自然と一体化した空間は居心地が良く、「特に雨の日が良いと評判」なのだそう。同クリニックでは患者を「ゲスト」と呼ぶが、「ゲストを呼び出すと、なかなか来ないことがある。遅れてきたゲストに聞くと『つい居眠りしてしまった』という方が多い」と德永医師。

 「"子供"がキーワードになると、薄い水色やピンクが基調になることが多いが、ここは大人のための落ち着いた空間にしたかった」という佐藤氏のコンセプトで、キービジュアルには深い藍色を使った黒塚氏の絵画が採用され、全体の色調もその藍色で統一されていることも、落ち着いた雰囲気を醸成している理由の一つだろう。

 シンポジウムでは、空の森クリニックにはどんな思いが込められているのか、どのように作られたのか、その苦労や楽しさ、さまざまなエピソードが各人から語られた。

現代医療とデザインの課題とは

 また、佐藤氏は今回のプロジェクトについて、「根幹にアートを据えて、医療とともに組み立てることができた」と評価。一方で「今の医療は後からアートをくっつけていくだけになってしまっており、それが本来のアートと医療の関係と言えるのかどうか」と疑問を呈し、現代医療でのデザインの問題点として5項目を挙げた。

  1. 「デザイン」への誤解......「デザイン」がおしゃれなもの、モダンなものであるという誤解。「そんなものはいらない、お金をかける必要がない」と考える医師が多い。
  2. デザイン思考の欠如......「デザイン」とは、「人」と「モノ」をつなぐもの。その思考がなければ、「人」のための「病院」を作ることはできない。
  3. プロデュース機能の必要性......デザインに基づいた医院、病院を作るには、全体に軸を通すためにオーガナイズする責任者(まとめ役)が必要。
  4. 人を忘れた"脳化システム"......「人がどう感じるか?」を考えない、脳だけで考えたシステムがまかり通ってはいないだろうか。
  5. 付加された芸術......アートを後からくっつければよいと思ってはいないだろうか。根幹から組み込むことはできないか。

 建築を担当した手塚氏は、現代の病院建築は「"こうあらねばならない"という7つのパターンがあって、そこから逸脱すると多くの批判にさらされる」と指摘する。しかも、それは根拠のないステレオタイプであったり、効率性や数字によってのみ「良い」と判断されたりしたもので、人間からは切り離されてしまっているという。全国でも少しずつ、現在の病院建築に疑問を持つ医師も増えているものの、まだまだその数は少ないようだ。

新しい病院のカタチ

 德永医師によると、全国から「空の森クリニックで働きたい」という医療従事者からの問い合わせが増えているという。「沖縄に森林を取り戻したいという想いもあるし、働きたいという人の声にも応えたい」と、今後、さらに「空の森」を広げていきたいとしている。

 病院のあるべき姿とは何か。患者側からばかりではなく、そこで働く医療従事者にとっても非常に重要な問題であるはず。空の森クリニックは、それを考える格好の材料となると言えそうだ。

(文・写真/土屋季之)

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