たむらあやこさん ギラン・バレー症候群との闘い

2016年07月20日 15:00 公開

たむらあやこさん ギラン・バレー症候群との闘い

 ギラン・バレー症候群―名前だけは聞いたことあるものの、どんな病気なのか知らない方も多いのではないでしょうか。北海道・函館で准看護師として奮闘していたある日、たむらあやこさんは体調を崩してから、急に体に力が入らなくなり、みるみるうちに寝たきりになってしまいました。その後、壮絶な闘病生活を送ることになりますが、持ち前のバイタリティーと家族の協力の下、少しずつ元気を取り戻し、今では漫画家として自身の闘病生活を超ポジティブかつコミカルに描き上げた『ふんばれ、がんばれ、ギランバレー』(講談社モーニングKC)を上梓(じょうし)しました。たむらさんは難病をどう受け入れ、漫画家への道を切り開いたのでしょうか。

■激しい痛みと吐き気が24時間ノンストップで続く

――ギラン・バレー症候群であることを医師より伝えられた時の気持ちは?

 病気自体については、最初から「ああ、そうなんだ」と受け入れることができました。今まで看護師としてさまざまな患者さんを見てきたので、生きていれば老若男女関係なく病気にはなるものだ、という感覚を持っていたのが大きかったかもしれません。ただ、私の場合、吐き気や全身の痛みがとにかく強烈で、神経が壊れたことによる痛みというものがここまでひどいのか、というつらさはどうにもなりませんでした。

――作品の中でも座っただけで失神する、皮膚に何かが触れただけで全身に激痛が走る、息ができないなど、想像を絶する闘病生活を送られたことが描かれています。

 それまで、患者さんが死にたいと感じるのは将来に絶望するからだと思っていましたが、体の痛みがつら過ぎて死にたいと思う世界があるということを初めて知りました。病気になって2年ほどは「どうしても耐えられなかったら死ねばいい」という考えが心の支えになって何とか踏みとどまっていました。それでも毎日「痛い」「つらい」「具合悪い」しか考えられなかったのは、本当にしんどかったです。

■諦めたら損をするのは自分

――ご家族のほか、主治医の先生も重要な登場人物として描かれていますが、たむらさんにとって、どんな存在でしたか?

 (主治医の)サトウ先生は口数が少なく学者肌ですが、ほんわかしていてとても優しい方でした。今は入院しても3カ月ほどで退院しないといけないケースがほとんどですが、神経内科の患者は回復までもう少しかかることが多く、病院から注意されながらも私たちを守って診てくれるので頼りにしていました。

――その頼りになる先生が学会に出席するために不在される時はどう感じましたか?

 先生がいても何もできないというような状況でしたが、やはりものすごく心細かったです。他の先生が来られたときは悪いとは思いつつ、いつもしょんぼりしていました。

――先生から「もうこれ以上良くなることはないでしょう」と伝えられたときは?

 やはり突き放された感じがしましたが、諦めて損をするのは自分! と思って一日で気持ちを切り替えました。そのおかげで現実と向き合え、やりたいことをやろう、絵を描きたい、それができたら歩けなくてもいいと思えたことは大きかったですね。

■病気にとらわれないで

――たむらさんにとって、絵とはどういう存在なのでしょうか?

 こんなにも絵が好きだったのかということが病気で倒れて初めて分かりました。趣味や生きがいを超えて自分の核とつながっている感じです。

――絵を描くことで他の人、社会ともつながっていけるということが漫画にも描かれていますが、今回の作品でどんなことを感じ取って欲しいですか?

 病気だけでなく、解決できない悩みを抱えている人はたくさんいらっしゃると思います。それでも生きていかなければならないのですから、それにとらわれるのではなく、何でもいいので心の支えになることを見つけ、笑っている時間を少しでも増やして欲しいと思います。病気だったら、治る、治らないということにこだわらなくてもいいと思います。先生から厳しい現実を伝えられても、「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないし」くらいの気持ちでいられれば頑張れるのではないでしょうか。

――たむらさんのように、しなやかな感性で病気や難題とうまく付き合っていくことができれば、明るい未来が待ち受けていると感じられるかもしれませんね。社会生活に戻られて不便を感じられることもあると思いますが。

 手助けが必要になったのでちょっとした不便はたくさんありますが、車椅子だと邪魔かもしれないと恥ずかしがらずに外出するようにしています。車椅子の人が目の前に現れたらどう接したらいいか分からない方が多いでしょうが、慣れてもらうことで距離感も分かるようになるのではないか、と思っています。

――ご家族や友人など周りの方々の悩みも大きいと思います。患者さんにどう接していけばいいかアドバイスをお願いできますか?

 病気になってしまったことは仕方がないので、普通に接して欲しい。ここはどうしてもできないという所は助けて欲しいのですが、気を使われ過ぎるとこちらも申し訳ないと思ってしまいますし。また、患者のお母さんが特にそうですが、(子供が病気になったのを)自分のせいだと感じてしまう方がいらっしゃいます。そう思われると子供の方がつらいので、以前と同じように接するのがどちらにとってもいいことだと思います。

――今後、どんな作品を描きたいですか?

 私は今、父が働いているタクシー会社に勤めているのですが、そこを舞台にした漫画を考えています。さまざまな人間模様を描いてみたいと思っています。

ギラン・バレー症候群とは?
 筋肉を動かす末梢神経の障害により、急に手足に力が入らなくなるなどの症状が出る病気。原因ははっきりとはしないが、ウイルスや細菌への感染などがきっかけとなって引き起こされる自己免疫性疾患と考えられている。発症率は10万人に1~2人で、国が指定する難病(特定疾患)。約3分の2の患者では、ギラン・バレー症候群を発症する1~3週間前に風邪や下痢などを起こすとされている。症状の進行は急速で、2~4週間前後でピークに達し、以後回復傾向になり6~12カ月前後で症状が落ち着く。10~20%の患者で後遺症が残るといわれている。治療法としては、免疫グロブリン大量療法または血漿交換療法があり、筋力回復のためのリハビリテーションを行うことも重要とされている。

(佐藤光延)

たむらあやこ(たむら・あやこ)

 2002年に准看護師として病院に勤務する中、難病ギラン・バレー症候群を発症。2年ほど寝たきりとなり、医師から一生ほとんど寝たきり宣告をされるも"ピリオド"の向こう側に挑戦し続け、手足の感覚がなくとも何とか漫画が描けるようになる。
公式ツイッター

 著書紹介

『ふんばれ、がんばれ、ギランバレー』(講談社モーニングKC)
 ギラン・バレーに負けるもんか――。ある日突然、国が指定する難病、ギラン・バレー症候群を発症し、出口の見えない闘病生活を余儀なくされた新米准看護師のたむらさん。難病により体の自由を奪われたものの、ユーモアは失わなかった超ポジティブ患者が贈る、前向き闘病エッセイ!
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