バンコク発Drワタリの健康見聞録
2017年01月06日 10:00 公開

タイ・マヒドン大学に集まった外国人医師たち

 ここ常夏の大都市バンコクにあるマヒドン大学には熱帯地域でしか診られない疾患を見て・聞いて・感じて学ぶために世界中から医師が留学先として集まってきます。

 医師の留学といっても、大きく3通りあるのをご存知でしょうか?日本語で教育が行われる日本の医師免許は世界中どこでも医療活動ができる訳ではありません。そこで医師の留学とは主に、①研究留学といって所属する大学や研究機関と留学先研究施設との提携の下に行われているもの、②直接海外の大学院に入学し、卒業するもの、③臨床留学といって留学先の国の医師免許を実際に取得し働く、というものがあります。

無収入、妻子連れでバンコクへ

 私の場合は熱帯地域の感染症を学ぶためのプログラムを持つ大学院に自分自身で入学試験を受けて卒業するという②のタイプの留学で完全にフルタイムの大学院生となりました。そして、妻と2人の子供達を連れて1年以上続くであろう無収入の海外生活が始めてしまったのです。

 同期の学生(といっても、最低でも臨床経験が数年以上ある医師なのでオジサン、オバサンが多数)はミャンマー、カンボジア、フィリピン、バングラディッシュなどの熱帯地域のアジア諸国だけではなく、ロシア、イギリス、イタリア、ドイツ、オーストリアなど各国から集っており、まさにバンコクの街を象徴するかのような無国籍かつカオスな環境で勉学が始まりました。

 私は入学式のスピーチで笑いを取り、盛り上げる事ができた功績(?)から、プレジデントという数十名の医師達のリーダー職を担う事になりました。

 このリーダーとして経験は今思えば、文化と言語が全く異なる人と心底分かり合い仕事を一緒に進めるためには、本質を見抜き、小さな事にはこだわらないという姿勢が大事だということを気づかせてくれることになったのでした。 

国や文化は違っても......

 日本で生活していると、性格や出身地や服装など、ちょっとした個性の差を強く感じて、グループを作ることが誰でもありますよね。彼はイスラム教徒で彼女はキリスト教徒だからとか、あの人は共産主義の国だからとか、先進国出身や発展途上国だからとか、それが自分の想像を超える違いばかりだと、全く気にならなくなってくるのは不思議な体験でした。

 クラスメイトには、イケメンのドイツ人医師、中華系ミャンマー人の頼れる女性などがいました。ドイツ人医師は見た目も中身も超絶のイケメンであり、彼の存在は各国から来た女性医師達の心のオアシスとなっていましたし、ミヤンマー人の女性医師は、面倒見の良い姉御肌で臨床経験の少ない医師をグイグイとひっぱっていました。

 言語や文化は違えど、それはまるで日本のどこのクラスにもみられるような普通の光景でした。私たちは外国人がたむろする安い居酒屋で夜ごと酒を飲みながらバカ話を半分に、医療や政治、医学教育の問題、宗教の問題などを議論しました。

 ふだん、日本にいたら私たちは自分が日本人である事を意識しません。このバンコクでの無国籍の学生生活は、自分が何者であって、どんな性格をしていて、自分の強みや弱みはどこか?そういう日本にいたら見えない事を気づかせてくれる大切なかけがえのない時間であったと感じます。

和足孝之(わたり・たかし)

2009年 岡山大学医学部卒業(学士編入学)。湘南鎌倉総合病院での研修を経て、東京城東病院総合内科の立ち上げ業務後、熱帯医療を体感するためタイに渡り、マヒドン大学臨床熱帯医学大学院で学ぶ。2016年帰国。現在、島根大学医学部卒後臨床研修センター教育専任医師。関東50以上の救急病院で断らずに当直業を行い、医療システムと様々な病院における問題を実感しその提起をブログなどでも発信している。熱血&闘魂という言葉をこよなく愛する暑苦しい3児の父。


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