バンコク発Drワタリの健康見聞録
2017年02月24日 10:00 公開

爆弾テロの本当の恐怖

   夏のある日の夕食中に爆発音が遠くで聞こえました。マンションのベランダから大きなサイレンと点滅する赤い無数の光ができ、「ただごとではない」と不安に感じたのをはっきりと覚えています。日本のテレビでも報道された2015年8月17日タイの中心部で起こった無差別爆弾テロ事件です。

前日の夕方、家族で訪れた場所で・・・・・・

 バンコクで『エラワンの祠』と言えば、知らない人はいない中心部にある仏閣です。日本で言えば東京・新宿でしょうか。巨大な高級デパートであるセンターワールドや伊勢丹デパートなどが隣接しており、いつも混雑している繁華街です。このテロ事件は、その年バンコク最大の事件となり20名もの死者と125名の負傷者を出しました。

 実はこの場所、まさに前日の夕方に妻と子供達を連れていた場所でした。

 タイ警察は国民に向けて今後のテロの標的となりそうな場所を列挙し、注意を喚起しましたが、私たちの生活圏であるビクトリーモニュメント近郊、バンコクの中心街はどこもかしこも注意すべき標的だらけになってしまいました。

 「殺人」や「テロ」はそれまで、どこか遠い場所や国で起こっている関係の無い出来事の様に思っていたことでしたが、突然に現実のものとなりました。

テロ事件の本当の脅威

 この事件から「テロ」は知らない間に、忍び足で近寄って来て、ある日突然目の前に突きつけられる事を認識しました。

 多分、その時から本当のテロの驚異が我々の生活の中で始まりました。授業中も、病棟での回診中も、大学病院へ自転車で移動中も、家族とタクシーやバスに乗っている時、デパートのトイレで用をたす時でさえも、周囲に怪しそうな人がいないか?ダンボールやゴミ箱などには爆弾が置かれていないか?無意識に確認するようになっていました。

 同期の医師達との会話でも根拠の無い憶測や噂が飛び交い、人から人への恐怖の連鎖による負のスパイラルを初めて経験しました。

 テレビや文章からは伝わり難いのですが、例えるならば無意識にも沸き上がってくる「恐怖」と言った感じで、頭で理解するのではなく、毛穴の先から浸透し共有しているような暗く落ち込んだ空気であったと思います。

 そして、それこそが、本当のテロの驚異であり、実行者犯たちの戦略的な目的なのかもしれません。バンコクの街全体からその暗い空気が少しずつ消えていったのは、実行犯人が逮捕されてから数カ月後の事であったと記憶しています。

今を大切に生きていこうという決意に

 避けられるなら避けたい、遭遇したくない事件ですが、このような体験を契機に自然に変わった事があります。

 それまでは土日も夜も無く仕事や勉強を中心に数多くの事を犠牲にして生活していましたが、テロ事件以降は自分が今本当にやりたい事、今やるべき事、今やらなくて良い事を深く考える様になりました。

 明日どうなるかわからない自分の人生を考えれば、何よりも家族を大切にし、医師として自分の健康を大切にしたい。

 あたり前の日常と周囲の人に感謝をし、自分の生涯をかけて夢をかなえるために無理をせず少しずつ努力をする。そんな考えを再認識するきっかの出来事となりました。

和足孝之(わたり・たかし)

2009年 岡山大学医学部卒業(学士編入学)。湘南鎌倉総合病院での研修を経て、東京城東病院総合内科の立ち上げ業務後、熱帯医療を体感するためタイに渡り、マヒドン大学臨床熱帯医学大学院で学ぶ。2016年帰国。現在、島根大学医学部卒後臨床研修センター教育専任医師。関東50以上の救急病院で断らずに当直業を行い、医療システムと様々な病院における問題を実感しその提起をブログなどでも発信している。熱血&闘魂という言葉をこよなく愛する暑苦しい3児の父。