2017年06月01日 06:00 公開

「薬物依存=犯罪」のままで良いか

 著名人による事件報道や、警察活動に密着したドキュメント番組など、薬物依存をテーマにしたマスコミ報道は後を絶たない。共通するのは、「薬物依存=犯罪」の視点にのみ立ち、当事者へのバッシング、あるいは当事者への「反省」を促すものばかりであることだ。「薬物依存=病気」という観点から治療を促す建設的なものはあまり見ない。当事者を孤立させる一方の現状の報道の在り方、それを受け取る一般市民の認識について、考え直す必要はないだろうかー。長年にわたり薬物依存の診療や研究に携わる国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部の松本俊彦部長に、薬物依存に陥る根本的な原因や、日本と欧米における薬物依存に対する取り組み方の違いを聞いた。

「負の強化」から薬物依存に

 現代の日本には覚せい剤取締法があり、違反をすれば、犯罪者として刑罰を受ける。この点について、松本部長は「刑罰を与え、個人の意志にゆだねるだけでは、覚せい剤の再犯率は下がりません」と断言する。2016年に発表された警察庁のデータによると、覚せい剤の再犯率は2007年以降、9年連続で増加しており、2015年は64.8%と、その高さは明白だ。年齢で見ると、20歳未満では16.0%だが、年齢が上がると共に再犯率も上昇し、50歳以上では83.1%に上る。

 そもそも、人はなぜ薬物依存に陥るのか。松本部長によると、その根本的な原因は「負の強化」にあるという。「薬物依存になる人の多くは、最初こそ好奇心や仲間からの誘いによって、あるいは、『これを使えばゆっくり死ねるのでは』と考えて使用しますが、その結果、心の中にぽっかり穴が空いたようなさみしさや、抱き続けている緊張感や不安感、息苦しさなどが和らいだり、消え去ったりする錯覚を体験するのです」

 快楽・快感(正の強化)を求めて使い続けていれば、「やがて飽きが来るのが人間」と松本部長は指摘した上で、「むしろそれまでずっと抱いていた心の痛みや苦しみ、さみしさが緩和、消失される錯覚(負の強化)が、薬物依存に繋がっている」と続ける。

動物実験で分かったこと

 1970年代、薬物が脳の側坐核(報酬、快感などに重要な役割を果たすといわれる)を直接刺激することで依存症になっていくと考えられていた時代、カナダである動物実験が行われた。

 Simon Fraser大学のBruce K. Alexander教授らが行ったこの実験は「ラットパーク」と呼ばれる。実験では、ラットを1匹だけ入れた通常ケージと、雄と雌を混ぜた20匹ほどのラットを入れた、通常ケージの200倍ほどの広さを持つ「ラットパーク」を用意。ラットパークには十分な食料と遊具が設置され、それぞれのケージには普通の水と、砂糖を入れて苦みを緩和させたモルヒネ入りの水が置かれた。それぞれのケージのラットがどちらの水を好んで飲むかを観察した結果、通常ケージのラットはモルヒネ水を飲み、やがて砂糖を入れなくてもモルヒネ水を飲み続けた。一方、ラットパークのラットたちは普通の水を飲み、砂糖をどれだけ追加してもモルヒネ水を嫌がった。

 この実験が興味深いのは、実はこの後にある。モルヒネ水を好むようになった通常ケージのラットをラットパークに移したところ、最初はけいれんなどの軽い離脱症状が見られたが、その後は普通の水を好んで飲むようになり、次第に他のラットたちとも遊ぶようになったのだ。松本部長は「この実験結果から、薬物依存は薬物の依存性によるものではなく、孤独やストレスといった置かれた環境によるものであることが示されました」と解説。これが、薬物依存が正の強化によるものではなく、負の強化によるものと指摘されるゆえんの1つである。

「非犯罪化」に踏み切った欧米

 動物実験の結果をそのまま人間社会に置き換えることには無理があるかもしれない。だが、先述の警察庁データが示す覚せい剤の再犯率の高さを考えると、この結果を「たかが動物実験」で片付けてしまうことに疑問を感じる。

 事実、既に欧米では、薬物使用に対する非犯罪化や脱厳罰化が取り組みの主流にシフトしているという。「米国ではドラッグコートという制度があり、裁判所の監督の下、薬物依存者を治療プログラムに参加させ、再犯防止や更正につなげる取り組みが広まっています。プログラム修了者には前科はつきません。こうした取り組みにより、刑務所に収容する従来の方法に比べて、再犯率が3分の1以上も低下し、薬物に関連した犯罪率が低下したといった成果が挙がっています」と松本部長は実例を示す。ここで勘違いしてはならないのは、「非犯罪化」は「合法化」ではないということだ。

 翻って日本はどうか。松本部長によれば、日本は、海外に比べて薬物を使用する人の割合は非常に低く、人口のわずか2%ほどだという。この背景には、『ダメ。ゼッタイ。』や『覚せい剤やめますか? それとも人間やめますか?』といった標語による薬物乱用防止教育の成功がある、と一定の評価をする。ただ、同部長は「若者の1割程度は、薬物使用を容認ないしは肯定する考えを持っていて、先述したようなさまざまな問題を抱え、しばしば周囲の人間や社会に対して不信感と怒りを感じているのです。あのような標語は、少数派とはいえ、そうした若者たちを孤立させるだけなのです」と懸念する。

 松本部長が「少数派」に配慮するのは、ある少年の言葉が脳裏に焼き付いているからだという。「私は15年ほど前から、少年院や少年鑑別所で非常勤嘱託医として診療や調査といった活動を続けています。そこで当時10歳代のある少年に出会いました。話してみると、『覚せい剤やめますか?〜』の標語を聞いて、少年の父親が覚せい剤で服役していたため、『俺の親父は人間じゃないんだ。人間じゃない親父の子供も人間じゃないんだ』と考えて自暴自棄になり、不良グループの仲間入りをして、やがて罪を犯したと話してくれました。若者の1割という少数派であっても、彼らの存在を意識した薬物乱用防止教育が必要だと思うのです」。

「AddictionよりConnectionを」

 「薬物依存=犯罪」は、現代の日本では当然の認識であり、決して間違いではない。動物実験の話や欧米の事例などを聞かされても、到底、理解はできないし、受け入れがたいという意見もあるだろう。松本部長自身、薬物依存を肯定しているわけではもちろんなく、薬物依存に陥るリスクのある人、あるいはすでに薬物依存に陥っている人に対して、現状のように排除したり、孤立させたりするやり方では再犯率はいっこうに低下せず、新たな薬物依存者を生み出すばかりであると危惧しているのだ。

 さらに「薬物依存=犯罪」について、松本部長は「薬物の自己使用という犯罪自体は、実は被害者が存在しません」と話す。「あえて言えば、被害者は、薬物を使用した本人とその家族くらいです。こう言うと、『薬物を使っていれば、将来、錯乱状態になって人を傷つけるおそれがある』という意見も少なくありませんが、いかなる犯罪も『おそれ』の段階で刑罰を科することはできません。その意味では、そろそろ日本でも、従来の『薬物依存=犯罪』ではなく、『薬物依存=病気』と捉えた、新たな取り組みが必要なのではないでしょうか」。

 さらにこう続ける。「薬物依存が『病気』といっても、糖尿病やがんなどの身体医学的な意味だけでなく、周囲からの支援を必要とする精神医学的な意味を踏まえた病気なのです」。周囲からの支援について同部長は「『依存』を英語でAddictionと言いますが、その対義語は人との繋がりを意味するConnectionである、と依存症の支援に取り組む人たちは考えています。WHO(世界保健機関)でも2014年に、薬物問題の非犯罪化を各国に向けて勧告しました。日本でも、健康問題として扱うべきだと考えます」と結んだ。

 なお、松本部長が中心となって開発した、外来での薬物依存集団療法「SMARPP(Serigaya Methamphetamine Relapse Prevention Program;せりがや覚せい剤依存再発防止プログラム)」は現在、全国31カ所の医療機関、32カ所の精神保健福祉センターで展開されている。薬物依存の当事者、あるいは周囲に当事者がいる場合には、治療に専念できるこのようなプログラムがあることを知っておくと良いだろう。

(あなたの健康百科編集部)