バンコク発Drワタリの健康見聞録
2017年06月02日 10:00 公開

無視された疾患とノーベル賞

 超高齢化が進む日本での三大死因はがん、心疾患、肺炎です。しかし、この三大死因という言葉はその地域での人々の所得、流行疾患、衛生状態さらには気候などの環境因子で大きく変わります。たとえば、世界三大感染症はHIV、結核、マラリアです。先進国である日本においてもHIVと結核は問題ですが、熱帯地域においてはそれ以上に他の感染症も深刻です。

熱帯地域での病気と少しの援助

 日本に住んでいると想像できないかもしれませんが、飲料水と下水道の問題は感染症にとって最重要課です。下水が管理されていないと当然、飲料水が汚染され、たくさんのウイルス、病原菌、寄生虫がヒトからヒトへ感染します。

 さらに食事の衛生状態や靴やズボンなどの衣類が行き渡らないといった経済的な不利益がさらに問題を深刻にします。裸足で歩くため土壌感染が起こってしまうのです。

 熱帯地域には、蚊が媒介するマラリアやデング熱、ジカ熱などの病気が多く発生します。水たまりができるような環境ならどこでも発生する疾患です。その中にはちょっとした工夫や僅かな資金援助、ワクチンなどで病気を防ぐことができるものも数多くあります。

利益と命のねだん

 現在、世界中の製薬会社は効果的で利益の上がる薬を求めて激しい開発競争を繰り広げています。が、実はその多くはすでに市場に出ている薬と比較して、ちょっとした効果の差を求めて開発されているに過ぎません。

 特に、抗菌薬、血圧の薬、脂質異常症の薬、胃薬、抗血栓剤などは毎年何種類も新たに発売されていますが、それらの薬によって劇的に寿命が延びるか、というとそうでもありません。そしてこれらの新しい薬は主に先進諸国の人が高額な薬代を支払い消費しています。莫大なコストをかけて開発されるのは、もちろん「利益になるから」です。

 一方で、熱帯地域の疾患は皮肉を込めてNeglected disease(無視された疾患)と呼ばれています。先進国で開発される薬と同じコストをかければ、数多くの人の命を助ける事は難しいことはでありません。しかし、薬もなく、命を失っていくという現状が世界各地で存在しています。経済的に乏しい国や地域の人々の命は、お金がないために軽く扱われ、平等では無いような気がするのは私だけでしょうか。

無視されなかったことへの感謝

 バンコクでのある朝、病棟回診している時でした。2015年度ノーベル医学生理学賞に日本人の大村智博士が決定したことを速報ニュースで知りました。その年のノーベル医学生理学賞は今までとは趣が異なり、新興国で問題となりつづけていたフィラリア症、オンコセルカ症などの寄生虫やマラリアの特効薬に繋がる物質の発見の功績が評価されたです。

 それは、つまり熱帯感染症の治療が評価されたことでもありました。熱帯医学に関わる一人として、とても嬉しく、その夜、同期の医師達と「無視された疾患」が「無視されなかった事」に感謝し、祝杯をあげましたことを懐かしく思い出します。

和足孝之(わたり・たかし)

2009年 岡山大学医学部卒業(学士編入学)。湘南鎌倉総合病院での研修を経て、東京城東病院総合内科の立ち上げ業務後、熱帯医療を体感するためタイに渡り、マヒドン大学臨床熱帯医学大学院で学ぶ。2016年帰国。現在、島根大学医学部卒後臨床研修センター教育専任医師。関東50以上の救急病院で断らずに当直業を行い、医療システムと様々な病院における問題を実感しその提起をブログなどでも発信している。熱血&闘魂という言葉をこよなく愛する暑苦しい3児の父。