2011年11月29日 公開

カンガルーケア事故"助産師中心医療の危うさ"指摘

被害者の会設立、「国にも責任」

 出産直後の子供を母親に抱かせ、肌と肌を直接触れ合わせる「カンガルーケア」は、ケア中の呼吸停止や無理な完全母乳の推進による低栄養状態、母子同室による子供の観察欠如などにより、正常に生まれた子供が重大な脳障害を負う事故が後を絶たない。この慣習に警鐘を鳴らし、改善を求める「出産直後の、カンガルーケア・完全母乳等のため脳障害を受けた新生児を抱える『患者・家族の会』」が11月26日、福岡市で発足した。参加6家族のうち4家族が病院に対し損害賠償を提訴中で、うち宮崎県の1ケースは「カンガルーケアや完全母乳のリスクへの警告もせずに、安全配慮に欠けるガイドを発表している国にも責任がある」として国も相手取っている。このケースの第1回口頭弁論が12月に始まるのを前に、26日は6家族が事故の経緯や、助産師中心に進む周産期医療の危うさについて情報交換を行った。

重大な"ヒヤリハット事例"が続発

 カンガルーケアは、もともと保育器が十分にない後進国で、低体重で生まれた子供を温めるために行われてきた方法だ。わが国では10年余り前に導入され、正常に生まれた子供と母親のスキンシップとして広く普及しているが、何十分も放置している間にチアノーゼが増強したり、低体温や低血糖になったり、呼吸をしなくなったりと、重大な"ヒヤリハット"事例が後を絶たない。直近では、今年10月に名古屋市でカンガルーケア中の子供が呼吸停止に陥る事故が発生している。

 「患者・家族の会」発会式に参加したのは長崎県1例、福岡県2例、宮崎県1例、大阪府1例、愛媛県1例の6家族。いずれもこの1~2年に起きたケースだ。

 長崎県の事故が起きたのは2009年12月。カンガルーケアとも聞かされず、産後すぐにタオルにくるまれて母親の胸に置かれた子供が、突然ぐったりと動かなくなった。父母が助産師に「動かなくなったが大丈夫か?」と聞いても、助産師は子供を見ることもなく大丈夫として立ち去ってしまった。その後、冷えていく子供の身体に異常を感じ、ナースコールを探したが手の届く所になく、大声でスタッフを探し回って、ようやく数十分後に助産師が駆け付けたときには、すでに子供の呼吸は停止していた。

 その後の示談交渉では、病院側はスムーズに過失を認め、再発防止策を講じる誓約が成り立ったものの、担当助産師に独立した過失責任を求めた部分は当初、拒否されて大きくもめた。子供は今年2月に亡くなり、和解が成立している。

帝王切開当日に「温めて」

 この長崎県の事例がテレビニュースの特集で報道されたのを見て、動き出したのが宮崎県のケースだ。事故が起きたのはユニセフによる「赤ちゃんにやさしい病院」の認定を受けており、人工乳を入れない完全母乳と母子同室の方針を打ち出している病院だった。2009年8月に帝王切開で出産した母親も、点滴の針が刺され、モニターを装着した状態のままでカンガルーケアを行い、その後6時間にわたって子供の全身管理を任された。

 その後、子供を新生児室に預け、母親が2時間半ほど休息していると、午前1時ごろに看護師が子供を連れて訪れ、「赤ちゃんの手足が冷たいから温めてあげてください」と言って両手が使えない母親の横に寝かせ、電気を消して出て行った。

 鎮痛薬と高熱とでうとうとしていた母親が1時間50分後、暗闇の中で子供の異変に気付き、ナースコールしたときには、子供は全身蒼白、筋緊張なし、心肺停止状態だった。緊急搬送された子供は、低体温・低血糖による「低酸素性虚血性脳症」と診断され、将来も回復は見込めないという。

 このケースが宮崎地裁に提訴されたのが10月24日。病院に対する損害賠償だけでなく、厚生労働省に対しても、カンガルーケアや母子同室、完全母乳のリスクに触れないままそれを推奨する内容の「授乳・離乳の支援ガイド」を発行し、産婦人科医と助産師がそれに従うことになったとして、責任を追求している。

冷えや低血糖症が心肺停止の原因か

 長崎県や宮崎県のケースを結び付けるきっかけになったのが、福岡市で産婦人科麻酔科医院を開業する医師・久保田史郎氏だ。環境温度が乳児の体温調節機構に及ぼす影響に関心を持っており、それがカンガルーケア中の心肺停止についての疑問にもつながったという。

 久保田氏によると、産後のある程度の寒冷刺激は乳児に不可欠なものだが、長過ぎるカンガルーケアは子供の冷えにつながる。冷えた身体では末梢血管の収縮が起こり、適切な保温が行われないと肺高血圧症から呼吸循環調節機能不全を引き起こすことになる。産じょく婦の腹部に子宮収縮を促すために置かれる冷却剤も、カンガルーケア中の子供の脚に伝わり、寒過ぎる環境の一因になる。名古屋のケースを含めると、7家族中3家族が冷却剤を使用していた。

 カンガルーケア中の子供が心肺停止に至るメカニズムのもう1つの要因として、久保田氏が指摘するのが低血糖症だ。産後すぐから母乳が十分量出る母親は少なく、多くは産後1~3日ほどたってからであることは知られている。しかし、助産の現場では「赤ちゃんは出産時に3日分の栄養を体内に蓄積して生まれてくる」とされて、糖水や人工乳を極力与えず、母乳が出るようになるまで待つ完全母乳が推進されることが多い。

 しかし、低体温となった子供では、糖新生(糖質以外の物質から糖を作り出すこと)の低下および血糖消費の増大が起こるため、適切な糖補給が行われなければ低血糖症を来すことになる。完全母乳ではこのときに適切な栄養補給ができないが、こうした母乳育児の欠点が母親に伝えられることはまずない。

「母子同室」の名の下に...

 また、子供の異常の発見遅れにつながっているのが、「赤ちゃんにやさしい病院」の認定基準にある「1日24時間の母子同室」だ。母子同室の名の下に、正常出産でも遷延分娩(せんえんぶんべん=長時間の出産)でも帝王切開でも構わず、出産直後から母子同室として新生児の管理を無責任に母親に任せている状況は全国に散見され、それが新生児の観察不足につながっているという。

 「保温、気道確保、糖分の3つが守られていれば(家族の会に加わった)6家族の事故はすべて防げていた」と久保田氏。「最も許されないのは、これだけ共通点があるのに、どの事故も原因不明の乳幼児突然死症候群(SIDS)として片付けられ、原因究明がされていないことだ。低体温・低栄養による脳障害はSIDSとは全く異なる」と指摘する。

同じ医療事故が二度と起こらないように

 患者・家族の会代表は、宮崎県のケースの須網芳弘・香夫妻が務める。会では今後、各都道府県に支部をつくり、被害家族からの連絡があれば、似通ったケースを担当している弁護士を紹介するなどしてネットワークを広げていく。事故発生の原因や経過についても情報交換していく。

 発会式では参加各家族からのあいさつの後、会の決意表明内容の確認、および記者会見が行われた。

 長崎県のケースの父親からは、「本来、医療リスクへの警鐘は医療者や国が行うべきなのに、われわれがやることになったのは残念なこと。今後、国や医療がどう動いていくのかを見守っていきたい」とコメント。

 看護師でもある須網香氏は「カンガルーケアや母子同室、完全母乳はやる側(病院)には簡単。だが、やるからにはきちんとガイドラインを守ってほしい。母親にとっては、赤ちゃんが横で亡くなるというのは本当にたまらない。『右に倣え』で全員にカンガルーケアや完全母乳をすればよいというのではない。赤ちゃんがきちんと守られる産科医療にしてほしい。それだけです」と訴えた。

 宮崎県のケースの担当弁護士である日野佳弘氏は「この問題は、今後の日本のお産に対する大きな問題提起になるだろう」とコメント。福岡の2ケースを担当し、家族の会の事務局を務める羽田野節夫氏は「SIDSと言われて泣き寝入りしているケースはほかにもある。被害家族が結束し、そのリスクを社会に訴えていくことが重要。家族が立ち上がっていることを世間に知らせ、こうした事故が二度と起こらないよう、医師会や国に見直しを求めていくことが必要だ」と述べた。

(編集部)

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