2012年07月24日 公開

誤解多い"カンガルーケア"名称見直しへ―学会

秋にも「実施の留意点」を発表

 出生直後からの母子の接触、いわゆるカンガルーケアの最中に起きた子供の急変が全国でニュースになる中、日本周産期・新生児医学会はこのほど、正常な時期に生まれた子供(正期産児)に対する同ケアの名称見直しを含めた「実施の留意点」を公表する方針を固めた。新生児集中治療室(NICU)への入院児に対するカンガルーケアとは分けて、正期産児に対するケアは「早期母子接触」とする方向で検討する。留意点の素案は7月11日から学会公式サイトで会員向けに公表されており、パブリックコメントを受け付けた後、秋頃に関連団体と共同発表する予定だ。

「ケア中の急変」と「ケアが原因の急変」が混乱

 留意点の素案は、第48回同学会学術集会(7月8~10日、さいたま市)のワークショップ「Skin to Skin ケア」(座長=聖マリアンナ医大小児科学・堀内勁教授、国立成育医療研究センター周産期診療部産科・久保隆彦医長)で発表された。

 カンガルーケアとは本来、NICU入院中で呼吸循環がすでに安定している子供に対して行われてきたケアだ。母親と子供の裸の胸を直接合わせるように抱かせることで母子の愛着形成が進むほか、感染症が減少する、将来の育児トラブルが減るなど多くの効果が得られることが確認されている。NICUでは立ち姿に近い状態で行われる上、多くのスタッフが見守っているなど、安全性も確保されやすい。

 それと同じようなケアが正期産児に対しても推奨されるようになったのは1996年、世界保健機関(WHO)がガイドライン(指針)を発行してからのことだ。出生直後の正期産児を、上体を起こした母親の胸に裸で乗せることで母乳保育率が上がるとされ、優しげな名称も手伝ってわが国では瞬く間に広まった。

 ただ、出生直後から数時間は、子供が胎内から胎外環境への劇的な変化に適応する時間帯に当たり、呼吸や循環などが不安定で、無呼吸などの異常が起きやすい。対応が遅れれば、脳障害や死亡といった重篤な結果につながる可能性がある。NICU入院児に対するカンガルーケアとは名称は同じでも、内容は全く異なる。

 こうした急変はケア実施の有無にかかわらず起こるが、それがカンガルーケアと結び付けられ、さらに「カンガルーケアが原因で起きた急変」と曲解され、大きく報道されることが少なからず起きている。窒息や子供の転落といったケアが原因になっている事故と、添い寝中の子供の心肺停止といったケアには直結しない急変が同列に扱われるという混乱が起きており、「急変の原因究明を阻害する要因になりかねない」(堀内教授)、「NICU入院児に対する本当のカンガルーケアまで敬遠されかねない」(久保医長)という指摘が出ていた。

リスクについても十分な説明を

 久保医長が中心になってまとめた今回の留意点の素案では、カンガルーケアという用語が混乱を招いている問題を冒頭で指摘。正期産児の出生直後に実施する母子の接触はNICU入院児へのカンガルーケアとは別ものと位置付け、「早期母子接触」と呼ぶことを提言した。英語名は「STS(skin to skinやearly skin to skin contact)」が知られているが、同ケアには単なる皮膚の接触以上の意味があるとされることから、別の用語を考えるとしている。

 留意点の素案ではこのほか、

  • 早期母子接触を行う時間帯は子供が急変する可能性がある
  • 分娩(ぶんべん)施設は新生児蘇生法の研修を受けたスタッフを常時備える
  • 実施施設は各施設の実情に応じた「開始基準」「中止基準」「実施方法」を作成する
  • 妊娠中に早期母子接触の説明を妊婦に行い、夫や家族の理解も促す
  • 長所だけでなくリスクについても十分説明する
  • 分娩後に早期母子接触の希望を再確認した上で希望者のみに実施し、その旨を記録する

―ことについて注意を促している。

万全からはほど遠い実施体制

 ワークショップでは、この留意点作成のきっかけになった早期母子接触の調査結果(子ども未来財団「分娩室・新生児室における母子の安全性についての全国調査」の一部)についても、久保医長から発表された。

 調査は2010年、全国の分娩施設の4分の1に当たる約600施設を対象に、早期母子接触中の実施状態と急変について自己申告で尋ねた。早期母子接触は「新生児を出生直後から母親の腹部または胸部に裸のまま腹臥位で位置させること」と定義し、分娩台上の母親との添い寝や、子供をタオルにくるんだり着衣させたりした状態での抱っこ、子供の行動を抑制するような厚い布団を掛けたケア、抱っこさせても数分で母親から分離させるケアは除外した。

 その上で求めた早期母子接触の実施率は、全体で61%と高かった。施設形態別では助産所70%、「赤ちゃんに優しい病院」認定施設92%、それ以外の診療所・病院52%、周産期医療センター61%だった。

 実施施設の中で、早期母子接触中の急変は21例確認されていた。発生率は0.015%、約6,600件に1人の子供で急変が発生している計算になった。

 こうした早期母子接触について、実施前に妊婦へ説明して同意を得ている割合は実施施設の5割に満たなかった。実施基準の整備率も3割と低かった。乳幼児突然死症候群(SIDS)を防ぐには子供のうつぶせ寝を避け、分娩台を30~45度に設定することが望ましいが、角度基準を設けている施設は全体の1割程度にとどまった。

 子供の急変を早期に発見するための人および機械によるモニタリングの実施率も、全体の5割と低かった。血液への酸素供給度を測る動脈血酸素飽和度(SPO2)モニターを装着させている施設は4割、体温を測定している施設は1割にすぎなかった。

 久保医長は「有袋類であるカンガルーの赤ちゃんは、お母さんの袋の中でぬくぬくと成長する。この言葉を冠するカンガルーケアは安全というイメージが一般社会に先行している現状があるが、早期母子接触を行う出生直後の人間の赤ちゃんは極めて不安定で、急変しやすいのだと周知する必要がある」と強調。

 「早期母子接触は母親が本来望む行為であり、その有用性も尊重されるべき。実際、十分な注意と観察によって安全に行うことができる。しかし、わが国の分娩室、新生児室での助産師・看護師のマンパワー(人的資源)が決して万全でないことも事実で、今後改善が必要だろう」と述べている。

(編集部)

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