2013年04月19日 公開

行政と医療から取り残されたホームレスの健康問題

精神科医・森川すいめい氏らの“炊き出し”と“夜回り”を取材

夜回りでおにぎりを配りながら声を掛ける<br/>森川氏(中央)と社会福祉士(右)
夜回りでおにぎりを配りながら声を掛ける
森川氏(中央)と社会福祉士(右)

 医学生時代からホームレスの支援活動に参加し、NPO法人「TENOHASI(てのはし)」の設立や、認定NPO法人「世界の医療団」などとの共同事業「東京プロジェクト」の立ち上げ、さらに今年2月にスタートさせた訪問看護ステーション「KAZOC(かぞっく)」のチーム医としての活動など、ホームレスに対するアウトリーチ(奉仕活動)をライフワークとする陽和病院(東京都)精神科の森川すいめい氏。同氏らの2度にわたる調査により、ホームレスと精神疾患に関連があることが示された。行政からも医療からも取り残された人たちを「診る」とはどういうことなのかー。3月下旬、桜が開花したばかりの東京都豊島区・JR池袋駅周辺で行われた同プロジェクトによる炊き出しと夜回りを取材した。

精神疾患を抱える人も

 毎月2回、土曜日の午後7時半から行っている炊き出しは、年末年始でも、雨や雪の日でも、休むことはない。高層ビル「サンシャイン60」に隣接する東池袋中央公園の一角には、鍼灸(しんきゅう)師・マッサージ師が施術するテントや、医師・看護師・精神保健福祉士・臨床心理士などが応対する医療・福祉相談コーナーなどが設けられ、三々五々集まってくるホームレスが利用している。

 炊き出しスタッフを含め、マッサージ師や医師・看護師など全員がボランティア。医療相談のスタッフには、森川氏の活動に賛同した大阪の病院に勤務する内科医や、社会勉強を兼ねた国立精神・神経医療研究センター(東京都)の研修医などがいる。参加動機を尋ねると、「趣味でやっている」「楽しいから続けられる」と気負いがない。

 医療相談に訪れる人は、「血圧を測ってほしい」とか「耳の中に出来物がある」などが大半だが、中には森川氏ら精神科医が30分以上かけて話を聞き、精神疾患の可能性を探るようなケースもある。また、福祉相談も行っており、本人の意向を確認した上で、生活保護受給申請や住居探しなどのサポートも行い、同氏の勤務する陽和病院を含め、近隣の施設へ紹介状を書くこともある。

 こうしたサポートを通して、生活保護を受けながら住居を借り、定期的に通院する元ホームレスも多いという。炊き出しスタッフの大半がそうした元ホームレスの人たちで、率先して荷物を運んだり、食事を配ったりしている。中には、ホームレス生活から脱してアパート暮らしをするまでに10年かかった人もいるが、今ではボランティアスタッフのリーダー的存在になっているという。

「妄想世界に入れてもらえた」

 一方、毎週水曜日の夜回りでは、ボランティアが作った100~150個ほどのおにぎりを手に、4班に分かれた20人程度のボランティアがJR池袋駅の東西南北の各エリアを回る。

 顔なじみになったホームレスも多く、"いつもの場所"で見掛けないと、周辺を何度も行き来することも。初めて見かける人や、一目見ただけではホームレスかの判断がつきにくい人にも、「おにぎり食べませんか」に始まり、「何か困っていることは?」や「体調は?」など、積極的に声を掛ける。

 この晩に森川氏が精神科医として関わった人のうち、特に印象的だったのは70歳代の女性Aさんだった。同氏によると、Aさんは妄想型の統合失調症で、「私は米国の秘密警察に守られている」と主張しているという。そして、いつ会っても「実際より2日遅れた日付けで認識している」(同氏)のだとか。

 森川氏の計らいでAさんにあいさつをしたが、「すみませんが、今日は先生と二人で話しがしたいので」と、やんわりと同席を拒まれた。二人のやり取りの詳細は分からないものの、同氏によると、妄想の世界に生きるAさんとは長い時間をかけて信頼関係を築き、今では「私だけ、Aさんの世界に入れてもらえた」という。患者の妄想世界の「住人」になった同氏は、「生活保護の受給をかたくなに拒むAさんに、妄想世界の中でどうやって納得してもらうかが課題」と話した。

貧困層ほど高血圧や糖尿病を発症

 森川氏が知る限り、同じようなホームレスの支援活動を行っている精神科医は全国で10人いるという。その活動地域は、東京都では簡易宿泊所が立ち並び日雇い労働者が集まる台東区・荒川区に位置する山谷、同氏が活動する池袋、同じ山手線内の新宿、神奈川県横浜市の簡易宿泊所が立ち並ぶ寿町、愛知県名古屋市の5カ所。

 まだまだ活動地域も精神科医の数も不足しているように映るが、森川氏は「われわれの活動は火消しにすぎない」と答え、「同じことを他の医師にもしてほしいとは考えていない。昔のように保健所と保健師が十分確保され、精神疾患や認知症の人も、地域で安心して普通に暮らせるようであってほしい」と語った。そのためのアイデアとして、精神科医が多くの精神疾患患者と接して培ったコミュニケーション能力を、病院の外にある地域で住民たちに教えるよう訴えた。

 また、ホームレスでは心だけでなく体の病気を抱える人も多い。森川氏は「高血圧や糖尿病は、実は貧困が大きな要因になっていることが分かっている。貧困により食の選択肢が限られ、病院に行く時間もお金もない人たちが、症状が悪化してから受診するからだ。そんなとき、医師は頭ごなしに叱責したりせず、それまでのいきさつや患者の日常生活にじっくり耳を傾け、その人に合ったアドバイスをしてほしい」と結んだ。

(編集部)

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