2015年05月26日 公開

クジラ肉でアルツハイマー病予防の可能性

マウス実験で示唆、年内に臨床試験開始へ

 現在、国内の患者数が200万人とも240万人ともいわれ、2020年には325万人にまで達すると推計されている認知症。治療は症状の進行を遅らせるものにとどまっており、残念ながら根治療法は存在しない。そうした中、クジラの赤身肉(赤肉)に含まれる成分により、認知症の中で患者数が最も多いアルツハイマー病に対する予防・改善効果が、マウスを使った研究で示されたという。今後は、実際に人間でどれだけの効果が得られるのかなどを明らかにするための臨床試験が、年内をめどに行われる予定だ。

老化や病気の原因になる活性酸素とは

 認知症は、3大認知症と呼ばれるアルツハイマー病、脳血管性認知症、レビー小体型認知症をはじめとするいくつかの種類がある。今回、マウスの研究で明らかにされたのは、認知症患者の半数程度を占めるとされるアルツハイマー病に対する予防と改善効果だ。

 そもそも、呼吸によって体の中に取り入れられた酸素の一部は、活性酸素に変わる。活性酸素は、体の中に入ってきた細菌やウイルスを攻撃したり、除去したりする重要な役割を担う半面、細胞をさび付かせる「酸化」を引き起こしてしまう。これが老化やさまざまな病気の原因にもなっている。

 星薬科大学生命科学先導研究センター(東京都品川区)ペプチド創薬研究室の塩田清二特任教授(元昭和大学医学部教授)らは、老化を促進させて脳を認知症の状態に近付けたマウスを調べたところ、血液中の活性酸素が増加していることが分かった。つまり、活性酸素が増えると認知症リスクが高まる可能性が示されたのだ。そこで、活性酸素を抑える働きを持つ食品を取れば、認知症の予防や改善に役立つのではないかと、塩田特任教授らは考えた。

抗酸化力に優れた「バレニン」

 着目したのは「バレニン」という成分。バレニンは、アミノ酸がくっついてできる「ペプチド」の中でも、イミダゾールジペプチドという疲労回復効果や抗酸化力に優れた種類のもの。近年はアスリートからも注目されているという。このバレニンを多く含むのが、クジラの赤身肉なのだ。

 塩田特任教授らは、通常の速度で老化が進行する「正常老化マウス」と、通常よりも1.5~2倍程度の老化促進が起こるアルツハイマー病の動物モデルである「老化促進マウス」を用意。調査捕鯨で入手したミンククジラやイワシクジラの赤身肉からバレニンの粉末を作製し、正常老化マウスにはバレニンを含まない餌(通常食)を与えた一方、老化促進マウスにはバレニンの粉末を含む餌(バレニン食)か含まない餌(通常食)のいずれかを与え、記憶力や意欲への影響を比較した。

 その結果、通常食を与えた老化促進マウスに比べ、バレニン食を与えた老化促進マウスでは、記憶力や意欲の低下に対する改善効果が示されたという。

 例えば、水を張った迷路の中での行動を観察。迷路の中の「エラー領域」への進入回数とゴールへの到達時間を計った。結果は、いずれの計測でも、通常食を食べた老化促進マウスに比べ、通常食を食べた正常老化マウスとバレニン食を食べた老化促進マウスで同等、あるいはバレニン食を食べた老化促進マウスの方でより大きな改善効果が確認された(表)。

鯨油には脂肪肝の改善効果も

 さらに塩田特任教授らは、クジラの皮脂に含まれる脂(鯨油)にエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)といった不飽和脂肪酸が豊富に含まれる点にも着眼。EPAやDHAといえば、青魚に多く含まれ、脂質低下作用などの健康に良いさまざまな効果が期待されることで知られる。クジラと同じ哺乳類の肉にはほとんど含まれていない。

 マウスを使って調べたところ、鯨油が含まれていない餌(通常食)を与えた肥満マウスに比べ、鯨油を含む餌を与えた肥満マウスでは、10週間後の内臓脂肪量、中性脂肪量、総コレステロール量がそれぞれ大幅に低下し、顕著な改善効果が確認された。ただし、皮下脂肪量についてはほとんど差がなかったという。なお、鯨油にはバレニンは含まれていない。

バレニンは合成可能

 今回のマウスを使った研究から、塩田特任教授は「クジラの赤身肉に含まれるバレニンがアルツハイマー病の予防や改善に効果があると考えられ、鯨油には内臓脂肪や中性脂肪の低下による脂肪肝の改善効果が期待される」と結論。あくまでマウスでの研究結果であるため、実際に人間でも効果があるのか、あったとしてどの程度の量をどれくらいの頻度で取れば良いのかなどを明らかにするため、今後のさらなる研究が必要としている。

 とはいえ、捕鯨は現在、調査目的では行われているが、病気の予防・改善を掲げたとしても相当な量の肉や鯨油を確保するとなれば、捕鯨に反対する欧米からの批判は避けられないだろう。そう質問すると、塩田特任教授は「実は、バレニンは合成できるのです。鯨油についても、EPAやDHA以外のクジラ特有の成分を今後分析していき、最終的にはそれらを合成する計画です」と話した。今後については、「年内に人間を対象にした研究を行い、2年くらいかけて科学的なデータを集める計画」とのこと。近い将来、機能性食品として一般に広めたいと意欲を見せる。

(松浦庸夫)

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