2017年03月24日 公開

なぜこの地域では自殺が少ないのか

コミュニティの“生きやすさ”を問う

 3月は自殺予防月間である。各地で自殺対策の講演会やイベントが開かれているが、神奈川県藤沢市では3月5日にみどりの杜クリニック(東京都板橋区)森川すいめい院長の講演会が行われた。

 同氏は昨年、書籍『その島のひとたちは、ひとの話をきかない − 精神科医「自殺希少地域」を行く』を書いた。これは、岡檀氏の"自殺希少地域"の研究(『生き心地の良い町-この自殺率の低さには理由(わけ)がある』講談社刊,2013)に触発された森川氏が自ら全国のそうした地域を歩き、コミュニティのありようを観察した本だ。年齢や所得、健康状態といった背景因子が同様でも自殺の多い地域と少ない地域があるという報告自体驚きだが、そこには自殺予防だけでなく、"地域としての生きやすさ"につながる知恵が存在するようだ。講演と著書から、同氏の見出した自殺希少地域の特徴を紹介する。

何かあったらすぐに動ける緩やかなつながり

 森川氏は、徳島県旧海部町、青森県風間浦村、同旧平舘村、広島県下蒲刈島、東京都神津島の5地域を歩き、そこで暮らす普通の人びとや行政、福祉施設のスタッフとお喋りを重ねた。そのなかで見えてきたのが表1のポイントである。

 「人生いろいろあるもんだ」とは、人生には病気や離婚、金銭トラブルなど、さまざまなことが起こりうるということ。問題が起こらないよう予防したり監視したりするのではなく、起こったときに話し合えるつながりが大切なのだ。例えば、旧海部町にある"朋輩組"は、元は農村の次男、三男の互助組織だったが、今は冠婚葬祭のときなどに力を発揮する「家族や親戚、町内の人には言えないこと」を打ち明けられるコミュニティだという。

 こう書くと、自殺希少地域には昔ながらの濃密な人間関係が生きていると思われるかもしれない。しかし、それは違うようだ。岡氏がアンケートで明らかにしているが、隣人と密につきあう人は自殺の多いA町に多く、海部町はあっさりつきあう人が大半を占めた(表2)。日常的に助け合うより、「普段は緩やかにつながり、何かあったらすぐに動くことができる」関係が重要なのである。

 緩やかなつながりで、自殺まで考える人を助けられるのか。そこでポイントになるのが、絶妙なコミュニケーション技術である。弱っている人に「入っていいですか?」と聞くのではなく、「助けに来たよ」と入っていく。自殺希少地域の人びとは、"余計なお世話"を怖れない。人助け慣れ、助けられ慣れしている。コミュニケーションは上手下手ではない。「習うより慣れる」ものだという。

 ただ、それはいわゆる"助け合いの精神"とは異なるようだ。助け合いというより、「助けっぱなし、助けられっぱなし」。夕食を食べ損ね、パンを買いに来た旅行者(森川氏)に、「カレーあるから持っていきな」と持たせる。相手がどう思おうと関係ない。自分がしたいからするのである。

この島のひとたちは自分をもっている

 この「自分がしたいからする」精神は、「排他性が少ない、多様性に慣れている」という特徴にもつながる。神津島の人々については、別の島から来た人の感想が紹介されている。「この島のひとたちは強い。自分をもっている」。そして、「この島のひとたちはひとの話をきかない」と。自殺希少地域の人々は、自分をしっかり持っていて、それを周囲も受け止めている。それゆえに多様性を認め、排他的でなく振舞える人が多いのだろう。

 自殺希少地域にも当然、心を病む人やうつ病に苦しむ人は存在する。「精神の病はひととひとの間にある」というのは、最新の精神科診療の技法であるオープン・ダイアローグの考え方だ。この考えに基づいて患者を地域から隔離せず、問題が起こった場所で、問題に関わる人々と対話を重ねる方法論である。神津島では、これと近いことが当たり前のように行われている。気分の不調に陥った人はそれを周囲に打ち明け、親戚中が見舞いにくる。この"孤立させない"ことが、自殺予防では大きな意味を持つのである。

 とはいえ、「親戚中が見舞いにくる」のは耐えられないと思う人も多いだろう。が、自分というものを持ち、多様性に慣れた人は、「自分のこころを大事にできている。ゆえに、ひとのことを尊重できる」という。絶妙なタイミングの見舞い、さりげない支えや慰め方があるに違いない。

 成員の声や思いが尊重されるコミュニティであれば、「本人たちのこえが大事にされて組織が変化していく」ことも可能になる。一例は、旧平舘村のバスである。運転手さんが「この町のバスはバス停以外にも停まる。年寄りはバス停まで来られないから」と言うように、誰のためのバスか分かっていれば運用も変えられる。現場が人の困りごとに柔軟に対応することはとても大事だという。

おまけ:3つの知恵の言葉のお裾分け

 実は森川氏は、本題に入る前に「私がいただいた3つの贈り物のお裾分けをしたい」と述べ、診療やカウンセリングの鍵となる知恵の言葉を紹介している。

 第1の言葉「答えをすぐに求めなくていい」

 これは、オープン・ダイアローグのふるさとであるフィンランド西ラップランドのセラピストから聞いた言葉だという。彼らは、個々の患者に1時間をかけて診療を行っており、どうしていくかの答えは本人が見つけることになる。その間、患者が孤独に陥らないよう、セラピストは安心と安全に配慮してそばに居ることを大切にする。拙速に答えを求めがちな私たちにとって、示唆的な言葉といえるだろう。

 第2の言葉「聞くこと(内的対話)と話すこと(外的対話)を丁寧に重ねる」

 こちらは、リフレクティング・プロセスの提唱者、ノルウェーのトム・アンデルセンの言葉。人の話(対話)を丁寧に聞くこと、自分もしっかり話すことの相互作用が、「自分の感情を大切にする」ことにつながる。感情を大切にするとは、それに捕らわれるという意味ではなく、「ああ、自分は今、悲しいと思っているんだな」と自分の感情に気付き、言葉にすることである。これは、セラピストの訓練では必ず行われることで、患者と話すときにも、時間をかけ、手間暇を費やして、その感情を言葉にしてもらう時間が大切だという。

 第3の言葉「ニーズから始めよう」

 この言葉は、オーストリア生まれの経営学者ピーター・F.ドラッカーのもの。例えば森川氏は、地域の認知症問題について相談されたことがある。行政は良かれと思っていろいろな提案をするが、住民は勝手に物事を決めると不満を募らせていた。そこで森川氏が、「どんなふうに年を取りたい?」と住民に尋ねることを提案すると、「認知症は怖いけど、そうなっても農業を続けたい」と返ってきた。この現場のニーズに基づいて、今は認知症になっても農業ができる地域作りが進められているという。