2018年10月29日 06:00 公開

整形外科の関わりでがん患者の生活は一変する

「がんとロコモティブシンドローム」

 がん患者では、骨転移や治療の影響などにより、運動器(体を動かすことに関わる骨や筋肉、関節や神経)の機能が低下することがある。この状態を、日本整形外科学会は「がんロコモ」と名づけている。2018年9月6日に開催された同学会の記者説明会では、金沢大学整形外科教授の土屋弘行氏が「がんとロコモティブシンドローム」と題した講演を行い、がんロコモに対して運動器の専門家である整形外科医が積極的な取り組みを行えば、がん治療や患者生活が一変すると語った。

がん患者QOL改善のため「動ける」ことが重要に

 高齢社会の到来により、生涯に一度はがんと診断される人は、2人に1人を数えるようになった。一方で、がん医療の進歩は目覚ましく、全がんにおける5年相対生存率は年々上昇している。したがって、闘病中の患者は増加しており、彼らのQOL改善ががん治療における重要な目的の1つとなった。がん患者のQOL改善においては、とりわけ「動ける」ことが重要だと土屋氏は指摘する。

がんの治療適応は動けるレベルで決まる

 パフォーマンスステータス(Performance Status;PS)という指標がある()。がん患者の全身状態を、日常生活の制限の程度により、PS0~4の5段階に分類する。PSの値でがんの治療適応が決まるため、運動器の機能を高く保つことが、がん治療においても重要であるという。PSが3~4、つまり1日のほとんどの時間を寝たきりで過ごす患者になると、がんの積極的な治療は不可能と判断される。

表. パフォーマンスステータス

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がん患者の運動器診療は主に3つ

 がん患者の運動器の機能を維持するために、整形外科が介入できる診療は主に3つある。①骨転移したがんへの介入②がん治療によって引き起こされた運動器の諸問題への対応③がん以外の運動器疾患の判別と治療―である。

① 骨転移したがんへの介入―積極的緩和医療という方法

 多くのがんで骨転移を生じるが、とりわけ、肺や前立腺、乳腺などに発生したがんは、進行すると高率に骨転移するといわれている。骨転移したがんは「ステージⅣ」に分類され、「手の施しようがない状態」と表現されることも多いが、「果たして本当に打つ手はないのだろうか」と土屋氏は問いかける。

 がんの骨転移は、病的骨折や脊椎圧迫といった症状を引き起こし、患者は疼痛や麻痺による運動困難を抱えることになる。これに対する治療法は、鎮痛薬の投与、放射線治療、装具治療、手術、骨修飾薬による薬物治療など。この中で、手術治療は「積極的緩和医療」と位置付けられている。骨転移のある進行がんにおいて、手術を行う目的はQOLの改善だ。すなわち、疼痛の減少・消失、歩行・移動能力の改善、精神的苦痛の軽減などであり、生命予後に寄与することもあるという(日本臨床腫瘍学会編 骨転移診療ガイドライン、南江堂、2015)。

② がん治療に伴う運動器の諸問題に対して

 がん患者に対する運動器診療の2番目は、治療により引き起こされる諸問題に対する取り組みである。抗がん薬治療を2週間行うと、筋力が30%低下するといわれている。そこで、がん患者が筋力を保ち、社会生活を維持する目的で、リハビリテーションの早期導入などを行う。

 一方で、ホルモン療法や化学療法に併用するステロイドなどにより、骨粗鬆症が急速に進行する場合や、抗がん薬による末梢神経障害も整形外科医の出番となる。「リハビリテーションや薬物療法を行うことで、症状の緩和に寄与できる」と同氏は主張する。

③ 痛みの正体を突き止める

 多くのがん患者は中高齢者で、がんの他にも運動器疾患を併発しているケースが少なくない。「『がん』という言葉は患者にとって大きなインパクトを持つため、他の疾患に対する整形外科的なアプローチを後回しにしてしまう恐れがある」と同氏は指摘する。整形外科医は、運動器の専門家として「がん」と「がん以外」の痛みを識別し、正しい診断と適切な治療へ導く役割を担うべきだという。

骨転移例では整形外科医のキャンサーボード参加が有用

 がん診療連携拠点病院の必須要件に「キャンサーボード」と呼ばれる専門スタッフによるカンファレンスの実施がある。キャンサーボードはがん患者の治療方針を多診療科、多職種が話し合う場を指し、内科系・外科系・放射線科・病理の医師の他、がん専門薬剤師、がん専門看護師、化学療法センター、緩和ケアチームなどが参加する(図1)。

図1. キャンサーボードの概念図

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 全国の整形外科研修施設を対象とした調査によると、がん診療連携拠点病院では約6割の整形外科がキャンサーボードに参加しているものの、それ以外ではまだ4割に満たない。土屋氏は「骨転移した患者においては、キャンサーボードへの整形外科医のより積極的な参加を促す仕組みづくりが重要だ」と強調した(図2)。

図2. 骨転移に特化したキャンサーボード

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がんロコモ解決には整形外科が役割を果たす

 講演の最後に、土屋氏は「がんロコモ」という概念を紹介した。同氏は「ロコモティブシンドロームは、運動機能が比較的温存された高齢者における問題に限らない」と指摘。がん患者においても、がんの影響により運動器機能が悪化するとした(図3)。

図3. がん患者の運動器に起きること

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(表、図1~3とも当日配付資料を基に編集部作成)

 この「がんロコモ」が進行すると、日常生活が困難となり、介護が必要になる他、PSを低下させ、がん治療の適応から外れてしまう可能性もある。

 そこで「運動器の専門家である整形外科が、がん患者の痛みが何に由来するのかを見分け、骨折や麻痺を予防、治療し移動能力を改善する、すなわちがんロコモの解決に役割を果たすべきだ」と同氏は主張。「キャンサーボードなどの活用による整形外科のがん治療への介入が重要である」と強調して、講演を締めくくった。

(あなたの健康百科編集部)