2020年01月27日 公開

妊婦の抑うつにオメガ3脂肪酸は有効?

 マタニティブルーという言葉が一般的になり、出産後の女性に抑うつ気分や不安、意欲低下などの症状が現れる「産後うつ病」はよく知られている。その一方で、妊娠中にもうつ病や抑うつ症状が現れることはあまり知られていない。その頻度は高く、本人だけでなく生まれた子供に影響が及ぶ可能性もあるため妊娠期からの対策が必要という。東京大学精神保健学分野准教授の西大輔氏らは、妊婦を対象に国際共同試験を実施。オメガ3脂肪酸の摂取と抑うつ症状との関連について検討した。昨年(2019年)行われた第26回日本行動医学会のシンポジウム「食・栄養から考えるメンタルヘルス」でその結果を報告した。

妊娠期からの切れ目ない対策を

 西氏はまず、周産期(妊娠28週〜出産後1週間)における妊婦のメンタルヘルスをとても重要な問題と位置付け、その理由について解説した。医療分野での研究や開発を支援する日本医療研究開発機構(AMED)がヒトの成長サイクルでは、個として成熟する「成熟ステップ」だけでなく、次の世代を創出する「成育サイクル」を重視していること(図)などを例に挙げ、「受胎前(preconception)を含む周産期の女性のメンタルヘルスは非常に重要」と述べた。

図. 成長サイクルの重要性

(「AMEDにおける周産期・子ども領域の研究の推進について」を基に編集部作成)

 ところが、産後うつ病については一般社会でも比較的認知度が高いのに対し、産後うつ病の発症リスクを高めるとされる妊娠中のうつ病・抑うつ状態についてはあまり認知されていないという。妊娠中に抑うつ症状が現れると定期健診を受けなかったり、不適切な生活習慣を送ったり、あるいは妊娠合併症を引き起こしたりして、妊産婦のより重症なメンタルヘルス不調や自殺を引き起こし、児の成長・発育において長期的な悪影響を及ぼす一因になっている。これらを踏まえ、同氏は「産後うつ病はもちろん大きな問題だが、妊娠期からの切れ目ないメンタルヘルス対策が重要である」と指摘した。

 そこで同氏らは、青魚に多く含まれるエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)などのオメガ3脂肪酸摂取が妊婦の抑うつ症状の改善に有効性を示した台湾の研究結果などを受け、今回、国際共同研究を実施した。

オメガ3脂肪酸摂取で妊婦の抑うつ症状改善効果が示されなかった理由

 対象は戸田中央産院(埼玉県戸田市)、国立成育医療研究センター、中国医薬大学(台湾)を受診中の妊娠12〜24週で自己評価スケール(EPDS)により抑うつ症状が認められた(EPDS 9点以上)妊婦108人。オメガ3脂肪酸サプリメントEPA(1,200mg/日)+DHA(600mg/日)を摂取するグループ(55人)とプラセボ(偽サプリメント)を摂取するグループ(53人)にランダムに割り付け、12週間摂取してもらった後で客観的評価スケール(HAM-D)を用いて抑うつ症状のスコアを比較した。

 グループ別に見た参加者の背景は、平均年齢がオメガ3脂肪酸サプリメントを摂取するグループで32.31歳、プラセボを摂取するグループで32.45歳、既婚率はそれぞれ83.64%、84.91%、1週当たりの平均喫煙本数は18.67本、18.21本、うつ病の既往は18.18%、16.98%、EPDSスコアは12.42点、12.53点と、いずれについても両グループに統計学的に意味のある差は示されなかった。

 12週後に抑うつ症状の改善度を比較したところ、両グループに差は示されなかった。

 なぜ台湾の結果とは違う結果になったのだろうか。西氏は「最も大きな要因は、プラセボを摂取するグループに抑うつ症状の改善効果が期待されるオリーブ油を用いたためではないか」と考察。なぜオリーブ油を使ったかについては、「例えプラセボを摂取するグループであっても、妊婦および胎児に悪影響を及ぼしてはならないという倫理的配慮によるもの」と同氏は説明した。

EPAのみでなく、エストロゲンが抗うつ効果を発揮か

 さらに、施設ごとに解析を行ったところ、戸田中央産院でのみ、プラセボを摂取するグループと比べてオメガ3脂肪酸サプリメントを摂取するグループで抑うつ症状の改善傾向が示された。施設間の結果のばらつきについて、西氏は①国立成育医療研究センターの参加者は教育歴が高く、オメガ3脂肪酸の有効性を知っている妊婦が多かったため、いわゆる「プラセボ効果」が大きく現れた可能性がある②中国医薬大学では過去の研究で有効性が示された際のオメガ3脂肪酸摂取量は3,400mg/日であり、今回の研究では日本の最大用量である1,800mg/日であったため、台湾人にとって用量不足であった可能性がある③研究参加時の妊娠週数が施設間で大きく異なっていたーことなどが推測されるとした。

 特に③については、妊娠中は卵胞ホルモンであるエストロゲンの分泌量が急激に増加する点に言及。エストロゲンの主成分であり、最も活性が強いエストラジオール(E2)の血中濃度は周産期うつ病と関連するとされていることから、同氏らは研究参加時の妊娠週数とE2濃度の推移を施設間で比較した。その結果、他の2施設に比べ、戸田中央産院ではE2濃度が2倍以上高いことが分かった。

 また、2件の動物(ラット)実験において、オメガ3脂肪酸を投与するとともにE2を注射したラットでは脳の海馬におけるエストロゲンα受容体の増加、サイトカインの減少、脳由来神経栄養因子(BDNF)の増加などが確認されている。そこで、今回の研究でもオメガ3脂肪酸およびE2の血中濃度と抑うつ症状の変化との関連について比較したところ、オメガ3脂肪酸を摂取するグループではEPAおよびE2の血中濃度上昇とうつ症状の低下に関連があることが確認された。

 これらの結果を受けて、同氏は「1日当たり1,800mgのオメガ3脂肪酸摂取では妊娠中の抑うつ症状に対する有効性は認められなかったものの、サプリメント摂取による血中EPA濃度の上昇と妊娠中期〜後期のE2濃度の急上昇が"協働"することで、妊娠中の抑うつ症状の改善がもたらされる可能性が示唆された」と結論した。また、今回の研究は、同領域における初の国際共同試験であり、血液検査によりサプリメントの服用遵守を確認するなど、データの信頼度も高かった。ただし、施設ごとの解析ではサンプル数が少なく、参加者の抑うつ症状が軽症であったことなどを踏まえ、今後、さらなる研究が必要との見方を示した。

 (あなたの健康百科編集部)